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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第16回 しんくみきずな賞作品・入選者
にんじゃはあなたのそばにいる
柴谷 千裕(大阪府)
満員電車から解放され大勢が帰路を急ぎ階段を降りていく中、白杖をついた高齢者の男性をその中に見つけたのは偶然だった。その駅の階段は長く急である。そして周囲は帰路を急ぐ人たちが駆け足で降りていく中、その方は少しおぼつかない歩調で階段を降りようとしているところであった。
「ぶつかられたら危ない」そう思った私は咄嗟にいつでも彼を支えられるように足音を立てないように歩調を合わせ、手すりと白杖でゆっくりと階段を降りる彼の横に並んだ。その時、スーツを着た中年の男性がおもむろに彼の降りる先の段に立ち、ゆっくりと降り始める。同時にイヤホンをつけた学生らしき男性も白杖をついた方の上の段を歩調を合わせて降り始めた。
私たちは互いに目線も合わせない。それでも意図は同じだと感じた。サラリーマンの男性は白杖をついた方が万が一足を滑らせた時にすぐ下で受け止めようとしている。学生の彼は上からもどんどんと降りてくる大勢の人たちが白杖をついた方にぶつからないように守ろうとしている。そして横に並んで歩調を合わせた私は、人混みから守りつつ足を滑らせた時に備えて支えられるようにしている。年代も性別も違う、見ず知らずの3人による白杖の高齢者の方を守るフォーメーションの完成であった。自身の力で降りようとしている白杖の方を見守りつつ、自分たちの存在は彼に気づかせない。まさしく現代の忍者である。急で長い階段で彼が足元を探る度に、時折ふらつきそうになる度にフォーメーションを築いた3人の体がピクリと動く。ゆっくりとした歩調で降りている間にいつの間にか帰宅を急ぐ人たちはほとんどが階段をすでに降り切っていた。それでもこのフォーメーションは崩れない。しかし、誰も互いに顔を合わせようとはしない。忍者は皆プロフェッショナルであるようだ。
そして、ようやく彼が長い階段を降り切った時、そのフォーメーションは誰ともなく解散した。全員、何事もなかったようにバラバラの歩調でそれぞれに帰路についていく。誰も白杖をついた方からのお礼は求めていない。忍者は存在を気づかれてはいけないのである。助けようと勝手に体が動いた結果の見ず知らずの3人のフォーメーション。
現代は他人に関心がない、冷たい世の中だと言われているが、あなたの傍には必ずおせっかいな忍者が潜んでいると私は思う。そして私の傍にもきっと無関心な顔をして何かあれば助けようとしてくれる忍者たちは存在してくれているのだろう。ただ、気づかれないように潜んでいるだけで。
声を掛ける助け合いもあれば、優しく見守る助け合いもある。そんな経験をした何事もない1日だった。


