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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第16回 未来応援賞作品・入選者
思いやりのバトン
大和田 悠真(茨城県・小学生)
「しまった。どうしよう。」
だれもいないプラットホームで、ぼくはつぶやいた。ここは、無人駅。ドアを閉めた列車が、夕焼けに照らされて遠ざかっていく。ガタンゴトン、ガタンゴトンと、田んぼにひびきわたる音が小さくなるのに、ぼくの心職の音はドックン、ドックンと、大きくなる。
今日から夏休み。塾の夏期講習が始まった。いつもは車でむかえに来てもらっているけれど、もう六年生。一人で列車に乗って通う決意をした。その帰り道。駅名板には「中菅谷」。ぼくが乗りかえる駅は「上菅谷」だ。一つ前の駅で降りてしまった。だれ一人いない駅。ぼくは財布の中からお守りの紙を取り出した。紙には電話番号が書いてある。緊急用にお母さんといっしょに書いた。ぼくは、駅の改札を出ると、駐車場のはじにあかりのついた電話ボックスを見つけた。テレフォンカードを入れて受話器を持つと、「あれ、おかしい。つながらない。」公衆電話をよく見ると、赤いランプが点いていないし、テレフォンカードも、もどってくる。「どうしよう。」頭の中が真っ白になった。
電話ボックスを出てしばらく立っていると、坂道の上のほうから、チリンチリンと、自転車のベルの音がした。こっちに近づいて来る。ぼくは、勇気を出して大きな声で、
「すみません。」
と、声をかけた。若いお兄さんが自転車を止めて、ぼくの泣きそうな顔を見た。
「どうしたの。君。」
「電話を借りていいですか。」
ぼくが、声をつまらせながら事情を話すと、
「いいよ。電話番号を教えて。」
と、家で待っているお母さんにスマートフォンで電話をしてくれた。ぼくが、
「ありがとうございます。」
と伝えると、お兄さんは、
「どういたしまして。おたがいさまだよ。」
と、言った。お兄さんは、アルバイトがあるからと急いで自転車のペダルをこいで行ってしまった。
しばらくすると、お父さんの車のライトが見えた。空はもう暗くなったけれど、安心感と、親切にしてもらったことで、ぼくの心は何だか明るく、あたたかくなった。
ぼくは、お父さんの車の中で、「『おたがいさま。』とは、どういうことだろう。」と、考えた。
「思いやり」は、周りの人にやさしい「思い」を行動や言葉で伝えることだ。「思い」をリレーのバトンのように、周りのだれかにつないでいけば、『おたがいさま。』が周りに広がっていくと思った。
お兄さんからもらった思いやりのバトンを、今度は、ぼくが困っている人に、「どうしたの。」と、声をかけてつないでいく番だ。


