- ホーム
- 全国信用組合中央協会とは
- 全国信用組合中央協会について
- ブランドコミュニケーション事業
- 「小さな助け合いの物語賞」
- うちでよければ泊めてあげるよ
「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第16回 ハートウォーミング賞作品・入選者
うちでよければ泊めてあげるよ
伊藤 雅之(北海道)
私は、一九七一年に高校を卒業して社会人となった。職場には独身寮が無かったので三食付きの民間の下宿に入居した。
下宿生活三年目の一九七四年夏の暑い日であった。職場の帰り道、大勢の人が行き交う中に腰をくの字に曲げたおばあちゃんが、大きなリュックを背負ってフラフラしながら歩いているのが見えた。私は倒れるのではと心配になり、急ぎ足でおばあちゃんに追いつき声をかけて荷物を持ってあげた。おばあちゃんの家は私の下宿先の手前にあり、初めて会ったのが不思議なほど近い所にあった。荷物を自宅に届けた際に玄関先で冷茶をいただきながら世間話をしたが、大正生まれのおばあちゃんは、話し方からして竹を割ったようなサッパリとした性格の方との印象だった。帰りに何度もお礼を言われたが、当然のことをしたとの思いからこちらのほうが恐縮した。その後、道端で会ったときには立ち話をするようになった。
それから数カ月後の一九七四年十月十四日の夜のことである。下宿人六人で巨人軍長嶋茂雄氏(二〇二五年六月逝去)の現役引退のテレビ放映を食堂で見ていたときである。下宿のおじさんが唐突に、「賄いのおばさんの体調が悪いので来月から昼食の弁当は用意できない。」とのことだった。致し方なく全員が二週間後の十月末日で退所することにした。自炊経験のある五人はアパートを探したが、私は経験が無いので、これまでどおり三食付きの下宿を探すことにした。仕事帰りに方々の下宿先をあたったが、空き部屋は全く見つからなかった。自炊を覚悟して雑貨店で食器類の下見をしていたとき、おばあちゃんとバッタリ会った。帰り道、おばあちゃんの買い物荷物を持ちながら、私の置かれている下宿の事情を話した。
おばあちゃんは、「うちでよければ泊めてあげるよ。家にはじいさんと二人生活で二階が空いている。下宿のような食事はつくれないけど三食は用意できるよ。」と、やさしく言ってくれた。私は突然の話にびっくりしたが、その場で「よろしくお願いします。」と言った。おばあちゃんの家に上がり、おじいちゃんにご挨拶をした。おじいちゃんは、「ばあさんがいいと言えばそれでいいよ。」と了解してくれた。近所に住んでいながら、親しくお付き合いをしたわけでもない私を受け入れてくれた理由を聞いた。
おばあちゃんは、「夏の暑い日の買い物は大変だ。誰も私に声をかけてくれなかったが、貴方は若いのに声をかけて荷物まで持ってくれた。今度は私が貴方に声をかけた。お互いに助け合いだよ。」と言ってくれた。私は感謝のあまりその場で泣き伏した。
翌月の十一月から二年間、おばあちゃんの家に三食付きの下宿人として心からお世話になった。その後結婚のため退所した。五十一年前におばあちゃんからいただいた『お互いに助け合いだよ』の言葉は、来年金婚式を迎える私の「無価の宝」として、七十三歳の人生を歩ませていただいている。


