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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第16回 ハートウォーミング賞作品・入選者
地下鉄の中で
奥津 博士(北海道)
高齢者や体の不自由な方、妊娠中の方が優先的に利用できる三人掛ロングシートが設置された車両が有り余程混雑していない限り空いていることが多い。先日乗車車両を誤って未設置車両に乗ってしまった。見渡したところ空席はなさそうで立っている人も散見される。私は乗降口近くの手すりにつかまり電車の揺れに備えた。目の前の席は腕に高校名が刺繍されたジャージ姿の男子学生が大きなリュックを抱えてスマホに見入っている。
学生君が私の手にしたウォーキングポールに気が付いたのか「座れますか」と声を掛けてくれた。「座りますか」ではなく「座れますか」と聞こえた。私は聞き間違えかと思い「ありがとうございます」と頷くと学生君は素早く立ち上がり席を譲ってくれた。
小児マヒの後遺症で右足に膝用補装具を着けている私は立ち座りの際には膝関節の操作が必要で一旦足を前方に伸ばさなくてはならない。私は学生君の足元横に右足を伸ばすと一連の操作を終えて膝を揃えて座り直した。
二つ先の駅で隣の席が空くと学生君は大きなリュックを抱え直す様に座ったので「席を譲ってくれてありがとう」と礼を言うと「いえいえ」と笑顔で答えてくれたので「さっき、おじさんに『座りますか』じゃなく『座れますか』って聞かなかった」と話を続けると「はい『座れますか』って言いました」と答える。「普通『座りませんか』とか『どうぞ』って席を譲ってくれるんじゃないの」とさらに聞くと少し間を置いてから「中学生の時に席を譲ったおばあさんに『私、腰を曲げないようにコルセットを着けているから座れないの。立っていても大丈夫なの。ありがとう』って断られたことが有ったんです。お年寄りや体の不自由な人に席を譲るように言われていたけど中には色々の事情で座れない人がいるって初めて知ったんです。それから席を譲る時は『座れますか』って聞くことにしました」と返答があった。「そうか、おじさんも立ったり座ったりする時に足を伸ばさなくてはいけないからとても混んでいて足を伸ばせそうにない時や譲られた席の前にスカートの人ばかりが立っている時は断るよね。スカートの下に足を伸ばすと何か盗撮しているように見えるから」学生君は笑いを押し殺す様に何度も頷いた。
高齢者や障害者に席を譲ると言う優しい行動に加えて相手の身体状況まで気遣う「座れますか」の声掛けをする学生君に改めて優しさを感じた出来事だった


