- ホーム
- 全国信用組合中央協会とは
- 全国信用組合中央協会について
- ブランドコミュニケーション事業
- 「小さな助け合いの物語賞」
- あるおじさんとの出会い
「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第16回 ハートウォーミング賞作品・入選者
あるおじさんとの出会い
原 稔宏(徳島県)
「ウワワワー。......アイッテー」
高二の部活練習でのランニングのときに躓き、三メートルも下の用水路に落ちてしまった。救急車で運ばれ、腰と両足を骨折。半月の入院の後、車椅子での通学となってしまった。
四十年も前のことである。バリアフリーなんてない時代だ。高低差や段差がある通路などいろんな不便なことがあったが、一番はトイレであった。校内では友達が助けてくれたが街中ではそうはいかない。だからなるべく水分を取らないよう気を付けていた。
あの日は格別暑かった。休み時間、クラスメイトたちが蛇口に口をつけてガブガブ飲んでいるのを脇目で見ていた。ゴクリと唾を飲む。喉がからからなのだ。今日はすぐ帰るからええやろ......。友達に支えてもらいながら、ガブガブ飲んだ。うまかった。生き返った気分である。腹がポチャポチャと鳴っていた。
放課後になった。いつもは部活の手伝いに行くのだが、今日は他校での練習試合。「じゃあな」自転車をこぐ部員に「頑張れよ」と手を振って別れた。一人で帰ることになった。
予期せぬことが起こった。急に腹が痛くなってきたのだ。自宅まであと五百メートル。時間にして十分。なんとかなる。なんとか......。
うっ。車椅子を止めた。うずくまる。イテテテ、刺すような痛みが走った。思い当たる節は......。あのガブ飲みか? グルグルとお腹が鳴り出した。大きい方がしたくなって下腹部に激痛が走る。イテー、グルグル......。ううっ。くうっ......。なすすべもなくその場に佇む。
お尻がじっとりしている。プーンと鼻につく匂い。そして茶色の液体が......。漏らしているのは周りから見ても明らかだった。すれ違う人は振り返り、後ろから来る人は避けて追い抜いていく。つらい......、思わず項垂れる。恥ずかしい。もう消えてなくなりたい。
「おーい、兄ちゃん」と後ろからの声。首で振り返ると、それは見知らぬおじさんである。「ワシの家、すぐそこやからな」とハンドグリップを掴んだ。なにがなんだかわからず、なすがまま家に連れて行かれた。
勝手口で「肩に掴まれ」とおじさんはしゃがんだ。「汚いです」そのままでいると、「ええから早よう」と自分の肩をポンポン叩いた。おんぶされて風呂場へ。体をきれいに洗ってくれ、下着、ズボンまで貸してくれた。そして車椅子もきれいに拭いてくれた。帰り際、何度も何度も頭を下げた。
夜、両親と一緒にお礼に伺った。帰り道、父に訊くと「施設で働いてるんや。けど、人の嫌がること、困ってる人をほっとけんあの人の行動はほんま頭が下がる。お前もそんなことができる人間になるんやで」と言った。
そのときである。迷っていた自分の進路が決まったのは。僕は教育学部に進んだ。そして五年前に教師を退職。現役時代から続けてきたボランティア、様々な施設での関わりを通して学ばせていただいている。僕はあのおじさんのようになりたかったのだ


