1. ホーム
    2. 全国信用組合中央協会とは
    3. 全国信用組合中央協会について
    4. ブランドコミュニケーション事業
    5. 「小さな助け合いの物語賞」
    6. 小さな一歩で、少しでも

「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第16回 ハートウォーミング賞作品・入選者

小さな一歩で、少しでも

浅原 希美(東京都・高校生)

 8時25分、先生しかいないはずの朝の保健室に、私はいる。みんなは教室で読書をしている時間、私はここで何もしない。例えここで本を読んでいたとしても、みんなと同じにはなれない。そんな日々が続いていくのか? このまま学校にも来れなくなるのか? と一瞬でも思ったら、もう終わりだ。一歩足を踏み入れただけなのに、どんどん気持ちは沈んでいく。何も考えないのが唯一の逃げ道だった。
 ある日、なんだか全部がダメだと思った朝があった。命綱を手放すような思いで遅刻の連絡を入れて、ただただ駅のベンチに座っていた。何も分からないのに全てが気持ち悪くて、電車に乗ろうとしても足が動かない。ぼやけた視界で、何本も何本も走っていく電車を見送った。
 ふと、背後に振動を感じた。誰かが後ろに座ったんだ、と気づくのと同時にすすり泣くような声も聞こえてきた。ホームの色んな音に紛れて聞こえる、小さなSOS。「ああ、この人も私と同じだ。」顔も服装も見えなかったけれど、他の誰にも分からないようなものだったけど、ちゃんと伝わった。「しんどいですか? 大丈夫ですか?」気づけばそうやって、目の前の小さな女の子に声をかけていた。急な出来事で驚かせたせいで大声で泣かせてしまったけれど、「隣に座ってもいいかな?」と声をかけたら、小さく頷いてくれた。 
 「学校には行かない、ママに会いたい。」しばらくすると女の子はそう言って、ランドセルに顔を伏せてしまった。今、この子の小さな体には、『ママに会いたい』の気持ちがはち切れんばかりに溢れているんだ。涙で黄色のランドセルカバーの色を濃くするその子を見て、『私の中には今、どんな気持ちがあるんだろう?』そう考えた。現実逃避を続けていたせいで何も浮かばなかったけれど、一生懸命に考え続けた。
 「お母さんに連絡できる?」と電話をかけてもらい、私の口から状況説明をした。お母さんが迎えに来てくれるまで、女の子とは色んな話をした。互いの気が少しでも紛れることを祈って。「なんの教科が好きなの?」「算数、あと体育も好き。」「すごい! 私はどっちも苦手だなあ。」「ママとはいつもどんなことしてるの?」「こないだはパン焼いたよ! ちょっと焦がしちゃったけど。」「お姉ちゃんは学校行かないの?」「どうだろうね、一緒に頑張ってみようよ。」「うん、やってみようかな。」
 女の子が笑顔になった頃、お母さんが来た。気づけば私も笑っていた。
 励ましたい一心で『一緒に頑張ってみよう』なんて言ったけれど、未だに駅や保健室で過ごす朝はある。女の子だって、次の日学校に行けたかどうかは知らない。それでも、私たちは対話の中で課題と安心を見つけた。駅の隅っこで助け合って、一歩踏み出すことが出来た。それならいいかも、と思った。

緊急連絡先