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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第16回 ハートウォーミング賞作品・入選者
たった5分で
高野 孝一(東京都)
これから書くことはたった5分間で起きた出来事だ。
仕事からの帰り道。その日はかなり風が吹いていた。大通り沿い。ふと先を見ると向こう側に誰かがうずくまっている。横断歩道まで近づいていくとおばあさんだった。杖は持っているが、風に足を取られて転んでしまったようだ。赤信号越しに見えるおばあさんは立とうとしているが、通り過ぎる人は横目で見るだけで手を差し伸べようとはしない。ビニール袋や木の枝を軽く舞わせるくらいに風は強く、皆構っている暇もないようだった。私も正直声をかけようか躊躇した。きちんと対応できるだろうか、私より上手く手助けできる人がいるかもしれないのに、下手に助けてさらに怪我をさせてしまわないだろうか、などと思い巡らせている間に信号は青になる。私は意を決して声をかけることにした。「大丈夫ですか? 立てますか?」と声をかけると、おばあさんは「ごめんなさいね。転んじゃって」ともう一度立ちあがろうとしていたので、慌てて体を支える。「歩けそうですか?」と話をしていると自転車で通りかかった女性が私たちの様子を見て「お手伝いできることありますか?」と声をかけてきてくれた。「風が強いからなかなか進めなくて」とおばあさんの話を聞きながら「タクシーとか呼んだほうがいいかもね」とその女性と話をしていた時、溌剌とした雰囲気の男性が「どうかされましたか?」と輪の中に入ってきた。これまでの経緯を説明すると、「じゃあ送っていきますよ。車近くにあるんで」とおばあさんを送り届けてくれることになった。その男性は介護関係のお仕事をされている方だった。「あとは任せてください」と彼はそう言っておばあさんを車に乗せる。車に乗る直前におばあさんが「声をかけていただいて助かりました」と伝えてくれた。「一人だと不安になるけど、こういう時は人がいればいるほどいいからね」と女性は微笑む。感謝を述べながらそれぞれその場を後にする。
文章にしてみると量はあるが、初めに書いた通りこれは5分の間に起きたことだ。でも、たった5分と言っても、あのままおばあさんを見過ごしていたらどうなっていたのだろう。何通りもの未来があったはずだが、私は思い切って声をかけてよかったと思えている。行動を起こすということはいつだって責任を伴うけれど、自分の選んだ行動が連鎖して協力して人を助けられたこの経験は私の中に深く刻まれた。
日々人から助けてもらう瞬間が多々ある。だからこそ目先の利益など考えず、自分はどうしたいのか、そこにただ素直に従って動ける人は素敵だと思う。私は長い人生の中で起こったこのたった5分が今もずっと心の中に残っていて、純粋に人を助けられる人間でありたいと思わせてくれている。


