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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第16回 ハートウォーミング賞作品・入選者

真っ黒な手

錦織 賢史朗(神奈川県・中学生)

 僕が小学5年生の時のことです。ラグビースクールからの帰り道、夜9時ごろに僕は自転車に乗っていました。駅から自宅までの道には急な坂があり、僕はその坂を下るとき、いつも少しスピードを出すのが楽しみでした。その日は、いつもよりちょっと調子に乗って、スピードに乗ったまま前輪を浮かせてジャンプしようとしました。けれど、着地した瞬間、「ガシャーン」という音とともに前輪が外れ、僕はひじと膝が地面に付き、5メートルも滑ってしまいました。何が起きたのか頭が真っ白になり、ひじと膝にズキズキッと痛みが走りました。
 すごい音がしたのでしょう。痛みに堪えながら立ち上がると、前を歩いていた女性が戻ってきて、心配そうに「大丈夫?」と声をかけてくれました。僕は反射的に「大丈夫です」と答えてしまったけれど、本当は足が痛くて、外れた前輪を見てどうしていいかわからず、胸の奥がざわざわしました。結局、母に電話をして助けを呼びました。
 母が来るまでの数分間、道端にしゃがみこんでいると、30代くらいの若い男性が近づいてきました。「直してあげようか」とやさしい声で言ってくれ、その人は迷うことなく前輪を元の位置に付け直し、さらに外れていたチェーンも直してくれました。僕は自転車の構造なんてよく分からないのに、その人の手際は見事で、見ているうちに自転車は元通りになっていました。そのとき気づいたのですが、その人の手は自転車の油で真っ黒になっていました。自転車の油は水や石けんではなかなか落ちないことを僕は知っています。そんな手になってまで、僕のために動いてくれた......申し訳ない気持ちと同時に、胸が温かくなりました。でも、その人は「気をつけてね」とだけ言い、真っ黒な手のまま笑顔で去っていきました。
 すると今度は、座っていた場所の隣に住む人が帰ってきて、家に入る間際に、「何かあったらいつでもピンポンしてね」と声をかけてくれました。普段は近所づきあいがほとんどないと思っていたけれど、困っているときにこんなにも手を差し伸べてくれる人がいるのだと知って、本当にうれしかったです。
 その日、家に帰ってから母に、「お兄さんが手を真っ黒にして自転車を直してくれたんだ」と話しました。母は「優しい人に会えてよかったね」と言うと同時に「自転車でジャンプしようとするなんて信じられない!」とこっぴどく叱られました。この出来事は僕の心に深く残っています。自転車でジャンプを試みるようなバカなことをした僕に、ためらわず手を差し伸べてくれたあのお兄さんの真っ黒な手。思い出すたびに少し恥ずかしくなるけれど、僕もいつか困っている人のために、自分の手を真っ黒にするくらいのことをしたいと思っています。

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