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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品
第16回 ハートウォーミング賞作品・入選者
「助け合い」を知った日
都筑 舞(東京都)
会社への往復の道は俯きがちな日々だった。典型的なパワハラに遭い左遷され、人格もキャリアも否定され、自分は何の役にも立たないと毎日のように突きつけられて、明るい気分で通勤などできるはずもなかった。東京メトロのとある駅は、メトロ三線が乗り入れており、特に帰宅ラッシュ時のA線からB線のホームに降りるエスカレーターへ向かう人の流れは大河のようだ。C線側の支流からその大河に合流しようにも、なかなか入れない。
ある日、その大河に合流しようと人の途切れ目を探していると、ゆらゆらと近づく蝶のように、人の流れのそばを歩いている女性がいた。あぶないと思ってよく見ると、白杖をついていた。目が見えていても合流しづらいその流れの先は、滝のように長い下りエスカレーターになっており、大変危険だったので私はその女性に声をかけることにした。女性の肩を軽くたたいて声をかけた。「あの、今このエスカレーターは人が多くて危ないので、エレベーターをご案内しましょうか?」女性はこちらを振り向き、ありがとうございます、お願いします、とにこやかに言った。「私もなかなか入れないぐらいの人の多さでしたので、エレベーターの方がご安心かと思います。」「いつもはもう少し早い時間なのですが、今日は遅くなってしまって。いつもこの時間にここを通られているのですか?」「そう、ですね。」歯切れの悪い答え方になったのは、私はその日はたまたま本社に用事があったからこの線を使ったが、左遷された今はほとんどこの駅を使っていないからだ。「片目がぼんやりとは見えるのですが、こうやって助けていただけるのが本当にありがたいです。」このような感謝の言葉を聞いたのはいつ以来だろうか。じわじわと私に沁みこんでいくのがわかった。「今日は本当に危ないと思いましたので、お役に立ててよかったです。」「ガイドもすごく慣れていらっしゃるようですが、そういうお仕事をされているのですか?」えっと、元は貿易事務をやっていたけれど、今は倉庫で雑用だけ、そんな事実を伝えることは雰囲気的に憚られ、一瞬のタイムラグを経て答えた。「ホテルや百貨店で長く仕事をしていたので、困っている方がいればお声がけするのが習慣づいているかもしれません。」「あぁやっぱりそうでしたか、ありがとうございます。」嘘ではない。しかし、そのような経験はなくても助けただろう。それでも、これまでの仕事を通して得た経験が、今こうしてこの女性の役に立てたことで、私の奥深くから肯定してもらえたような気がした。そして私は、初めて「助け合い」という言葉の意味を知った。私とその女性は、互いに「助け合った」のだ。私は彼女に必要な案内をし、彼女は私に必要な言葉をかけてくれた。
希望の車両まで案内して女性と別れたあと、私は久々に顔を上げて歩いた。涙がこぼれないように。


