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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第14回 しんくみきずな賞作品・入選者

母のハグ

西尾 香織(神奈川県)

 あれから何十年経っただろうか。当時の私は、今で言う完全ワンオペ育児。19歳で母を亡くし、天涯孤独の身になった私が、2人の娘の母となり、毎日をただこなすことだけが精一杯の毎日。なんとも頼りない母親だったと思う。そんな余裕の無さは、積み重なる様に、私から笑うことも、何かを普通に感じることも奪っていった。
 そんな日々の中で、娘達を連れて近所のスーパーに通うのが日課だった。当時のスーパーのレジは、2人体制。まだ、古き昭和の流れを残すそのスーパーは、店員さんとお客さんの距離も近く、レジを打ちながらも「こんにちは」「今日は暑いね」なんて日常会話は当たり前、近所で誰がどうしたと、まるで商店街のノリのスーパーマーケット。
 その中にその人は居た。毎日通う私を覚えてくれたのか、最初は娘達に話しかけてくれ、それから次第に私にも。どちらかと言うと、シャキッとしたタイプのその人は、これまたテキパキとレジの仕事をこなしながら、「いつも大変だね。お母さん頑張ってるね」といっぱいいっぱいの若い母親を見かねたのか、応援の言葉をくれる様になった。そんな言葉が、まるで亡くなった母が投げかけてくれる様な気がして、私はその人のレジに並ぶ様になった。
 そんなある日、とある事件が起こり、一晩中泣いて、泣き腫らした目でレジに並ぶと、その人は私の様子に気が付いたのか「今度、うちにおいで、あり合わせだけど私の作るチャーハン美味しいから、食べに来て」と。それから程なく、私はその人の家にお邪魔することになった。台所に立って、私に背を向けながら、その人は自分が2人の娘の母であることや自分の生い立ちを話し始めた。自分と何処か違う様で、似てるその人の話に耳を傾けていると、目の前に、なんとも良い香りが漂う美味しそうなチャーハンが置かれた。そのチャーハンを見ていたら、何故か私はポロポロと泣いていた。それからは、息急き切った様に自分のことを話した。その人は、そんな私を黙って抱きしめてくれた。そのハグは、世界で一番強く、優しく感じた。自分の中に積み重なった重い荷物が、涙と一緒にこぼれ落ちて行く様で心が軽くなったことを今でも忘れない。それから私は、その人を「お母さん」と呼ぶ様になった。
 あの時幼かった娘達も、30代となり、1人は命と向き合う仕事に就き、1人は、命を宿し、今秋母となる。私はおばあちゃんになるのだ。あの頼りない母の元に生まれ、本当に立派に育ってくれたと思う。それもあの時、私を黙って抱きしめてくれた今世のもう1人の母が居てくれたから。「お母さん」あなたは、私に強く優しい母を教えてくれた。ありがとう。来春、私は産まれた孫と、いつものカーネーションを持って逢いに行きます。

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