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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第14回 ハートウォーミング賞作品・入選者

素敵な座席の譲り方

小橋 透(大阪府)

 その日の電車内は割と混んでいて、斜め前には、小さな子供を抱いた若いお母さんが座っていました。
 駅に着くと、多くの乗降客があり、車内も一段と混み合って、私の横にも高齢の女性が一人......。すると、あの若いお母さんが、すっと立ち上がり、笑みを浮かべながら、その女性にしゃべりかけたのです。「すみません。鞄の中から切符を出したいので、少しこの子を抱っこしてもらえませんか」
 そして、子供を女性に渡すと、ごく自然に入れ替わるように、高齢の女性を席に座らせたのです。「かわいいね。赤ちゃん抱っこするなんて久しぶり。何か月になるの。そう、ちょうど四か月なの」そんな微笑ましい会話を続け、何駅か通り過ぎると、「ありがとうございました。助かりました」お母さんは、子供を受け取ると電車を降りていきました。その時の高齢女性の言葉が私の心に刻まれました。「こちらこそ、ありがとうね」なるほど、この女性をわざと座らせるために、言い方は悪いけど一芝居打って、子供を委ねたんだ。なんて自然で、心がほんわかとなる、優しい席の譲り方なんだろう。
 電車で座席を譲ること。簡単なように思えますが、これが意外と簡単じゃないんですよね。「次の駅で降りるからいいですよ」と断られ、また座り直すのは、小恥ずかしい気分になりますよね。「私はそんな年寄りじゃない」と思われたらどうしよう。一瞬ためらいますよね。正直。
 そんな座席の譲り方を、さりげなく、優しく、楽しくやるなんて。若いお母さん、お見事です。私もそんな風にできたらな......。
 その日は、娘と二人で遠足帰りでした。並んで座り電車に揺られ、娘は、山で拾ったどんぐりで作った動物を、私に見せてきます。
 電車が駅に到着しました。見る見るうちに、それまで空いていた席が埋まり、そんな二人の前に高齢の女性が一人......。
 その瞬間、ほとんど無意識で娘に言っていました。「おばあちゃんに動物見せてあげたら」すると、娘は私に言われたとおり、女性にどんぐりを差し出し、「見て。見て」と話しかけ始めます。「これ何の動物か分かる」「何かね。おばあちゃん、目が遠くて良く見えないよ」そこですかさず、「どうぞ。お座りになって、よく見てやってくださいな」とお願いし、自然に女性に席を譲ることができました。「これはうさぎかな」「当たり。よくわかったね」「長い耳がついてるからね」二人の問答は数駅の間続き、女性は私に「素敵な時をありがとうね」と言い残して電車を後にしていきました。とんでもない。私こそ楽しくて素敵な日になりましたよ。

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