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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第14回 ハートウォーミング賞作品・入選者

父が築いていたもの

西 有加(長崎県)

 60代、ひとり暮らしの父が、入院手術をすることになった。大腸にできたポリープの内視鏡手術。2、3日で退院できるという。叔母と兄は遠方に住んでいて、ちょっとやそっとでは帰ってこられない。必然的に、父に何かあれば、同県内に住む私が対応することになっている。今回の入院手術は真夏。立ち会いは不要とのことだったが、実家には茶トラ猫がいる。臆病な猫なので、よそに預けるわけにもいかないし、私の家へ連れて来るわけにもいかない。「この暑さで猫が熱中症になったらいかん」そういうわけで、父が入院している間、私と4歳の娘が実家へ泊まり込み、猫と一緒に過ごすことになった。娘は猫と触れ合い、大喜びだった。
 入院2日目の朝。実家の呼び鈴が鳴った。出てみると、近所のおじさんだった。「俺そこに住んどるS田やけどね」と、私に名刺をくださった。車の営業をされているので、そのことかな? と思ったら「お父さんひとり暮らしやろう。もしお父さんが心配で様子ば見に行ってほしいとかあったら、俺に連絡せんね。すぐ見に行くけんさ」そうおっしゃるではないか。感激した。ご近所に住んでいる方が倒れて亡くなった、同級生が怪我をした、知人が認知症になった、そんな話を父から聞く機会が増えた。心配だからと父と毎日連絡を取り合ってはいても、完璧ではない。私の家から実家までは、車で1時間半はかかる。もし父に何かあっても、すぐには駆け付けられない。なんてありがたい申し出だろう。私はその心遣いに感謝した。ありがとうございます、父にも伝えますねと言ったら、「言わんでよか! 言えばお父さん気にするやろ、黙っとってよ」とまで言ってくださった。
 そう、父は結構気にしいだ。父のことをよくわかってくれていることに、私は涙が出そうだった。それまで(父に何かあったら私がひとりで何とかしなくてはいけない)と思っていた。思い込んでいた。それは、とんだ思い上がりだった。父には、「様子を見に行こうか」と声を掛けてくれるご近所さんや、「退院したら消化に良いもの作って届けてやるよ」と家まで来てくれる友人がいた。S田さんの話によると、父は近所の軽い認知症の方の家へ遊びに行ったり、実家の片付けをしている方に「いつでも手伝うけん言うてよ」と声を掛けたりしているらしい。知らなかった。父を助けてくれる方々はもちろんありがたい。そして、周囲と助け合える関係を築いている父もまたすごい。改めて尊敬した。
 いただいた名刺は、財布のなかに大切にしまってある。私も名刺を作った。何かあったら連絡くださいね、と助け合いの輪を繋いでいけるように。

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