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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第14回 ハートウォーミング賞作品・入選者

親切のリレー

田辺 順子(東京都)

 歩きはじめた息子に目が離せなくなり、育児に疲れていた頃。夕方の買い物帰り、大きな幹線道路の交差点で、両手に買い物袋、息子を前抱っこで、ただただ赤信号をぼっと見つめていました。すると隣から「落ちましたよ」。声の方を見ると、車椅子の男性が地面を指さしていました。指の先には、息子のお気に入りのタオル。握っていたものを落としてしまったようです。「拾えなくてごめんなさい」私は急いで空いている指でタオルを拾い「有難うございます」と伝えました。その時信号が変わり、私達は歩き出しました。中央分離帯に差しかかった時、車椅子が段差に引っかかり、前に進めないようでした。皆足早に通り過ぎます。
 先程話したことで他人と思えず「押しますね」と声をかけましたが、車椅子を押すのは初めて。普通に押せば動くものと思っていました。しかし中央分離帯の段差はしぶとく、なかなか前に進みません。それも両手に買い物袋、前には息子がいて、上手く力が入りません。幹線道路の信号は、交通量の多い方が優先されるのか、早くも点滅し始めました。焦る私を男性は「一度下がりましょう」とバックしようとした時、小学生の男の子が「僕押すよ」と自分の荷物を男性の膝にポンと置き、慣れた手つきで下がり、スッと段差を乗り越えました。私も車椅子を追いかけ、何とか渡ることができました。
 男性が「有難う、上手だね」と声をかけると「お父さんが車椅子乗っているから」と照れた様子で、ペコと頭を下げ、走って行ってしまいました。「あ、これ!」と男性は男の子に声をかけましたが、角を曲がってしまいました。膝の上の荷物は、ほんのり温かく揚げ物の匂い、向かいの惣菜屋の袋でした。「私届けます」と袋を預かり、男性と別れました。総菜屋に取りにくるかと思い、預けることにしました。また中央分離帯がある交差点を渡り、角にある総菜屋を訪ねました。一連の話をすると、「あぁあの子か......」どうも常連さんのようです。「お父さんがうちのコロッケが好きでね。食べたいって言うと、あの子が買いに来るのよ」そんな大切なコロッケなのに、届けたくてもお店の方も住所までは知らないようでした。
 次の日、気になり惣菜屋を訪ねると、あれからお母さんが買いに来たようで、息子さんの行動を話したら、お母さんも照れていたよう。揚げたてのコロッケを詰め直し、渡したそうです。
 知らない人達がすれ違う交差点で、声をかけることで始まった親切のリレー。いろんな偶然が必然になり、とても温かな気持ちになりました。あれから三十年、街は変わりましたが、あの交差点を渡るたびに、あの親切のリレーを思い出し、無性にコロッケが食べたくなります。

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