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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第13回 未来応援賞作品・入選者

優しい心とありがとう

畑瀬 由衣(福岡県・福岡教育大学附属福岡中学校)

 それは、夏休みのある日、部活に行く途中でのことだった。一時間半かけて通学している私は、いつものように自宅近くの駅まで母に車で送ってもらい、車からとびおりた。いつも駆け込み乗車寸前なのだが、その日は特に焦っていた。何とか間に合って安堵したのも束の間、発車と同時にあることに気付いた。
「あっ......マスクつけ忘れた......」
 急いでカバンの中を探したが、この日に限って、いつもならあるはずの予備のマスクがどこにもないのだ。電車通学を始めて一年半、マスクを忘れたのはこれが初めてだった。ひどく動揺した私は、どうすることもできず、ハンカチで口を覆って、なるべく存在感を出さないように座っていた。
 それから五分ぐらい経った頃だろうか、電車が駅に停まった時、私の斜め前に座っていた一人のおばあさんが席を立った。手にはマスクが入った袋を持っていた。
「これ、よかったら使って。」
 穏やかな優しい声のおばあさんは、そう言って私にマスクを渡してくれた。私がそれを受け取ると、おばあさんはニコッと優しく微笑んで、自分の席に帰っていった。
 電車は終点に着いた。駅の人混みの中で、あのおばあさんを必死で追いかけた。もう一度、きちんとお礼を言おうと思ったのだ。あのマスクが、どれだけ私の中の不安を取り除いてくれただろうか。その大きさは計り知れない。何もお返しできるものはないが、感謝の気持ちならいくらでも伝えられる。マスクをいただいた時に緊張して声が小さくなってしまった分、今ここでもう一度お礼を伝えたい。そんな思いで、ひたすら追いかけた。
「あのー。」
 私の声に気付いたおばあさんは、私を見て、笑顔で軽く手を振ってくれた。
「先程はマスク、ありがとうございました。とても助かりました。」
 言えた。ハッキリとした声で、お礼を伝えることができた。二人の間が温かくて優しい空気で包まれているような気がした。それはきっと、おばあさんの優しさだけでなく、きちんと私がもう一度お礼を言えたからかなと思った。胸の中が心地よい温もりで満たされていて、自然と笑顔で部活に行くことができた。
 あの方のように、さりげなく、優しい笑顔で人を助けることができる人になろうと私は心に決めた。そして、今回のように自分が助けてもらったら、「ありがとう」の一言を忘れないようにしたい。人は、一人では生きていくことができない。一人ではできないことに直面した時、誰かに助けてもらうことも、この先数え切れないほどあるはずだ。そんな時、「ありがとう」の一言があるだけで、助けた人も助けられた人も自然と笑顔になれるのではないだろうか。優しい心とありがとう、いつまでもそれを忘れない人でありたい。

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