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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第13回 ハートウォーミング賞作品・入選者

1枚の絆創膏

木全 彩花(愛知県)

 その日はお笑い芸人のライブがある日で、私は劇場の片隅に位置する売店で勤務していた。いつも通りの接客。手土産を選ぶお客様に「いらっしゃいませ。こちらのクッキーは4種類入った当店限定商品です。」といった常套句。そう、いつも通り。しかし何かの視線を感じていた。誰かにじっと見られているような。きょろきょろとあたりを見回すと、一人の女性と目が合った。その女性は足を引きずりながらゆっくりと売店へと近づいてくる。じっと私のことを見つめたまま。「知り合いかな?」と必死に思い出そうとするが、見当もつかないうちにその女性はすぐそばまで近づいていた。
 母と同じ程の歳であろうか。ピンクのフリルがついたノースリーブに淡いグリーンのマーメードスカート。若々しい服装ではあったが、歳相応とは言い難い。それは本人も理解しているようで、恥ずかしさと肌を隠すように黒のカーディガンを羽織っていた。
「いらっしゃいませ。」私はいつも通りそう言った。すると女性は劇場の騒がしいロビーでは聞き取れないようなか弱く小さな声で言う。
「すみません、絆創膏売ってませんよね?」
「あいにく当店では販売していません。お近くのコンビニにはあると思います。」
「そうですよね。恥ずかしながら靴擦れをしてしまって。」
 そういった女性の足元に視線を落とすと、向日葵がモチーフになった5センチ程ヒールのある可愛らしいサンダルを履いており、右足の親指から血が滲んでいるのが見えた。コンビニに絆創膏を買いに行っていてはライブが始まってしまうと考え込んでいた私は、ふと自分の鞄に1枚の絆創膏を潜めていることを思い出した。             
「すみません、少しお待ちください!」  
 私はロッカールームまで走り、絆創膏を片手に女性の元へと小走りで戻った。
「私物ですけど、よろしければ使ってください。」                 
 そう言って渡すと女性は目に涙を溜めながら「ありがとう」と呟き、その絆創膏を眺めていた。
 後日その女性から1通の手紙が届いた。そこには私へのお礼と劇場に足を運んだ経緯が記されていた。
『私は2年前娘を癌で亡くしました。ちょうどあなたと同じくらいの歳で、向日葵のような笑顔が印象的な娘でした。亡くしてからの日々はすべてがモノクロに見えて、家にふさぎ込んでいました。それを見かねた夫が娘の好きだったお笑い芸人のライブに行こうと私を誘いました。私は娘の服と靴を身に着けて劇場へ足を運びましたが、靴擦れをしてしまったのです。しかしそこで娘に似た笑顔が印象的なあなたと出会い、あなたは絆創膏を走って取りに行ってくださいました。私はその優しさと1枚の絆創膏のおかげで、心の傷さえも癒え、娘に再会したような心持ちになりました。本当にありがとう。』
 この出来事以来、私の鞄には絆創膏が常備されている。いつか再会できたときに、笑顔でサッと差し出せるように。

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