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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第13回 ハートウォーミング賞作品・入選者

温かい手

杉田 あずさ(大阪府)

 「若いのに珍しいね」リハビリの待合室で急に声をかけられ慌てた私は「あ、はい」と気のない返事を返してしまった。声をかけてくれた女性は私の祖母くらいで、膝が悪いことを教えてくれた。私は当時、信号無視の車にはねられ首のリハビリに通っており、そのことを伝えると可哀想にと彼女は私の足を撫でてくれた。
 毎週決まった時間に通うリハビリでその女性とはよく顔を合わせるようになり、彼女の孫と私の年が近いらしく色々な話をしてリハビリまでの時間を過ごした。休職して療養していたため、家族以外と話す時間はとても貴重で、短い時間ではあったが毎回楽しみにしていた。
 ある日同じタイミングでリハビリが終わり、彼女と話しながら帰っていると大きな交差点が見えてきた。「じゃあ私こっちなので」彼女にそう告げて家まで大回りをして帰ろうとした。その大きな交差点で事故にあってから私はずっとそこを渡れずにいたからだ。彼女が「どこかに寄るの? お宅こっちじゃない?」と気にかけてくれたが、私は本当のことを言うべきか迷った。家族にも主治医にも言えなかった、話して自分で自覚するのが嫌だったからだ。でもそのときなぜか私は誰にも言えずにいた事故現場を通るのが怖いという話を彼女に打ち明けた。家族でも主治医でもないからこそ言えたのかもしれない。「あなたは悪くないのに、あなたが不便する必要はない。」そう言うと彼女は一緒に渡ろうと私の手をそっと握った。心の準備ができていなかった私は戸惑い一瞬沈黙してしまったが、このタイミングを逃してはいけないと思い直し深くうなずいた。「大丈夫、大丈夫よ。」小さい子に言い聞かせるようにずっと話しかけてくれる彼女に手を引かれ、その瞬間大きな一歩を踏み出した。渡っている時は心臓がバクバクして冷や汗が止まらなかったが、立ち止まることなく渡りきることができた。手を引いてくれた彼女の顔を見ると、できるじゃないと朗らかに微笑んでくれた。
 次の日には母とその道を渡り、次のリハビリの時には音楽を聴きながら一人で渡り、そうしているうちに自分の中の恐怖心を取り払い、普通に渡れるようになった。最寄り駅に向かう際、必ず通るその道路の呪いから彼女は私を解き放ってくれたのだ。仕事に向かいながら、あの交差点で信号待ちをしていると彼女の温かい手の温度を思い出す。

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