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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第12回 ハートウォーミング賞作品・入選者

毛糸玉

栗林 華(東京都・学習院女子高等科)

 この一年、人の温かさを感じる機会が少なかった。人同士で物理的距離が取られ、駅では見知らぬ人に警戒し、少しの過ちを過剰に攻撃する世論が目立った。誰が悪いわけでもないから、行き先のない怒りは往々にして何も悪くない人へ向かう。毛糸玉から飛び出た糸を逃がさず切るように、他人との繋がりや自分の心への配慮を絶つ。皆が自分の毛糸玉をこぞって小さくしていた。私も例外ではなく。
 五月のある日、小さくなりすぎた私の毛糸玉に糸が足された。その日私は塾のオンライン授業が終わり、おやつの時間の誘惑に負けないためにお散歩に出た。雲の厚さに不安を覚えながらしばらく歩き、点滅する信号に立ち止まっていたところ、向かいからご高齢の男性が歩いてきた。その足取りは危うく、ついには横断歩道を渡り切らないところで転んでしまった。一番近くにいた私は、お爺さんが轢かれてしまうと思い肩を貸して歩道まで避難させようとした。しかし私一人の力では助けられずに困っていたところ、向こうのほうから八百屋さんのような風貌のおじさんが駆けつけてくれた。それに続き、同年代の男子高校生四人が走ってきて、力を合わせてお爺さんを歩道まで運んだ。意識はしっかりしているものの歩けそうにないお爺さんの近くでどうするべきか話していたところ雨が降り出した。近くに交番があったので一旦そこで休んでもらうことにした。その交番に行く間、少しずつ歩くお爺さんの周りを高校生と私で支え、おじさんがお巡りさんに事情を説明してくれた。倒れてしまってから交番に行くまでだいたい三十分程かかったが、誰一人として急かすことなく助けようと雨に濡れながらも力を合わせた。この出来事が私にはとても大きな力になった。みんながトゲトゲしているように見えるこんな世の中でもきっと人の本質は何も変わっていなくて、他人を思いやる気持ちはあたたかく存在している。むしろ大切な人を想い自分の心へ配慮ができているからこそ、それを守るために攻撃的になってしまうのかも知れないと思えた。今は人と人との距離が取られる時期であるが、それがゆえに人の温かさを感じるには申し分ない状況でもある。振り返って後悔しないために。自分の糸を切らぬよう、誰かの糸を切らぬよう、一日一日大切に過ごしたいと思った一日だった。

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