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「小さな助け合いの物語賞」受賞作品

第11回 ハートウォーミング賞作品・入選者

絆のひとつに

小松崎 潤(東京都)

 一昨年転勤でこの町にやって来た。近くには駅がなく、住民はバスを利用している。そのバス停でたまに見かける老婦人がいる。目は虚ろでどこか落ち着きがない。誰が見ても様子がおかしいのは一目瞭然。そんなときバスを待っている人達は「こんにちは。どうかされましたか」と声をかけたり「少しそこで休んでいかれますか」と話しかける。あるとき警察が来たのを見て彼女が認知症で徘徊をしていたのだと気づいた。
 去年六月のこと。バスを下りるとあの老婦人がバス停にいた。傘の使い方もわからなくなってしまったのだろうか。傘を持ったまま、全身はずぶ濡れだった。一瞬ためらったあと「こんにちは。どうかされましたか」と声をかけた。しかし彼女は何も答えない。だが「雨が止むまでこっちで座っていましょう」と言うとバス停の屋根の下に来てくれた。その後警察が来るまで一緒に待っていたのだが世間話をするにもネタが浮かばない。認知症だから何を話しても理解してもらえないんじゃないか。そんな考えが常に頭にあり、結局ひと言も話せなかった。
 まもなく警察がやって来て僕が帰ろうとしたときだった。彼女は二本持っていた傘のうちひとつを僕に差し出した。
「いや、家はすぐそこなんで大丈夫です」
僕は雨の中を走り去った。その後息子と名乗る方から電話がきた。
「本当に助かりました。今日は私が市役所に行く用事があったのでどうしても家にいることができなくて。貼紙をして外に出ないように伝えたつもりだったんですけど」
どうやら紙に書いておくと大抵のことは守ってくれるらしい。
「昔ね、私の父がバス通いをしてましてね。それで雨の日になると母はよく迎えに行ってたんですよ。だからきっと今日も」
あまりの衝撃に言葉がなかった。傘を二本持っていた理由がやっとわかった。あれは彼女のやさしさだった。だけど彼女は僕にも傘を貸そうとした。自分は濡れてもいい。そう思ったのだろうか。何だかそんなやさしさが身に沁みて仕方なかった。認知症だから何もわからないなんて思っていた自分が急に恥ずかしくなった。
「またご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」
僕は「お互い様ですから」と言って電話を切った。認知症であろうとなかろうと皆が思いやりを持って過ごせるっていいなと思った。人がつながり、まちがつながり、やさしさがつながる。そこに生まれる温かいやりとりを僕らは絆と呼ぶのだろう。自分もそんな絆のひとつになりたい。そんな決意を胸に今日もバス停に向かう。

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