小さな助け合いの物語賞

《青少年部門》

入選(3編)

「あの日の勇気」〜弱い自分の中の強い私〜

山根 優花(山口県)

これは私が高校一年生の時の話だ。高校受験を乗り越え、無事に第一志望の高校に入学したが、友達もできず、学校に馴染めずにいた。周りの同級生が友達の輪を広げ、部活動に熱中し、勉強も頑張っている姿を見て、同級生が自分よりも凄く大人に見えた。私は中学三年生の頃いじめを受けていたので、高校ではうまくやっていきたいと当時気負っていたのかもしれない。又、期待も大きかった。しかし私の期待も虚しく学校に居場所が無く、早退する日が増え、登校もできなくなっていった。一週間に一度登校できるか、できない日々が続いたある日、私は午前中で早退をした。私は学校に登校しても一日を過ごすことができずに帰宅してしまうことの情けなさや悲しみ、将来への不安な気持ちを抱えながら、帰宅路を俯いて歩いていた。

学校の門を出て少しのところで、道路を挟んだ反対側の歩道でおばあさんが突然倒れた。私は人が倒れるところを見たのが初めてで気が動転し頭の中が混乱した。周囲を見渡した時、おばあさんを助けようとする人は見当たらなかった。医療的な知識は無かったが、ただ傍に行っておばあさんが少しでも安心できるように力になりたいと思い、無我夢中で車が往来する道路を渡り、気が付けばおばあさんのところへ走っていた。学校すら満足に行けない弱い私に今何が出来るのかも気にすることなく、息を切らしおばあさんの元へ駆け寄った。おばあさんは骨ばったか弱い手でしっかりと私の腕を握ってこられた。そこからおばあさんの「助けて」という思いと助けに来てくれて「ありがとう」という気持ちが伝わってきた。間もなくして一台の車が停車し、人が駆け寄ってきた。その方は看護師でおばあさんを手当てしてすぐに病院に連れて行った。私はなぜ勇気をもって助けることが出来たのだろうか。当時私も人に助けてほしかった。だからおばあさんの助けてほしいという気持ちが分かったのだと思う。

自分に自信を無くし、冷え切っていた私の心を助けたいと思う別の強い私が温めた。毎日自分の事しか考えられなかった私が誰かの為に行動できたことに驚き、嬉しかった。おばあさんを助けたのは看護師さんや病院の方かもしれないが、その援助活動の初めの一歩になれたことが嬉しかった。今でも私の腕はあの日のおばあさんの手のぬくもりを忘れていない。小さな存在の私が社会的弱者のおばあさんを助けることが出来た。どんなに小さな存在でも誰かの助けになれるのだ。

今は周囲の人達に助けてもらうことが多いが、大学で心理学を学び、将来は人の心の支えになれるように積極的に行動したい。人が助けてほしいと思う気持ちに気がついて、手を差し伸べられる人になりたい。

(原文のとおり掲載しております。)