小さな助け合いの物語賞

《青少年部門》

優秀賞(2編)

心の点字ブロック

波多野 紘子(東京都)

私は電車通学だが電車に乗るたび色んな乗車客と一緒になる。私と同じ学生、少し疲れ気味のサラリーマン、お弁当らしき包みを持って楽しそうに外を眺めている家族たち。そして時には体の不自由な方も見かける。

ある日私が帰宅していたときも目が不自由な女性が同じ車両に乗ってきた。声をかけたほうがいいだろうかと迷う私の隣で、座っていた若い男性が即座に立ち上がった。その方の肩にそっと手を置くと「大丈夫ですか?席があるのでどうぞ座ってください」とゆっくり手を引き席まで案内した。降車駅でも男性はドアまで付き添い、ホームに降りる時も手伝っていた。その後降りたホームでは、今度は女学生が話しかけていた。女学生もまた肩に手を添え、ふたりはゆっくりと駅出口方面に向かって行った。きっと駅から出たらまた違う人が話しかけたりして、こうやってリレーのバトンのように優しさは繋がっていくのだなと思った。

一度、点字図書館の催しに行ったことがある。そこで開催されていた「目が見えない状態で盲導犬と一緒に公道を歩く体験」に私も参加してみた。アイマスクをつけた瞬間、周りが真っ暗になる。視覚が遮断されただけで自分がとても弱い存在だと感じる。盲導犬にリードされている時もどこを歩いているのか全く分からず、とても不安になった。こんな時、誰かが声をかけてくれ、肩に手を添えてくれたなら、どれほど安心できるだろう。

今年の夏に地下鉄銀座線で悲しい事故があったことをニュースで知った。駅のホームから全盲の方が転落し電車に接触してしまい、連れていた盲導犬を残して亡くなったのだ。人々はホームに柵が無かったのが悪いとか、盲導犬のせいだとか言っているが、私はそうは思わなかった。何故、ホームにいた他の人たちがその全盲の方に「黄色い線の内側まで来てくださいね」と声をかけ手を引かなかったのか。「危ないですよ」と声をかけなかったのか。その周りからのちょっとした小さな助けがあれば、こんなに悲しい事故は起こらなかったのだ。

盲目の方は盲導犬を信用しているから、移動するときリードに身を任せている。だがやはり盲導犬に全てを任せればよいのではなく、周りにいる人たちがそれぞれ助けの手を差し伸べられたらいいと思った。言葉で周囲の状況を伝えてもらえれば危険な目に合う確率は確実に下がる。ほんの小さな声かけ、少しの行動で、身体の不自由な方の世界は大きく変わるはずだ。

盲導犬や点字ブロック、ホームドアやバリアフリーの施設。これらは確かに頼りになる存在だ。でもそれだけではなく、私が見たような人の「小さな助け合いの心」が繋いだリボンのような、「心の点字ブロック」が世界中に広がるといいと思う。ちょっとした声かけで、身体の不自由な方が安心、安全でいられるような未来に私はしたい。

(原文のとおり掲載しております。)