小さな助け合いの物語賞

《一般部門》

入泉(3編)

優しい時間

増田 菜々子(神奈川県)

「増田さんの、コーヒーに対するイメージをお聞きしたいです」

「時間の共有です」

「時間の共有。なるほど。そのように感じたきっかけ、エピソードなどはありますか」

「はい。ある男性からいただいた、缶コーヒーがきっかけです」

もう六年も前の話ですが、私は母と近所のパン屋に並んでいました。三月の仙台はまだまだ寒くて、その日も、みぞれのような雨が降っていました。三時間もパン屋の行列に並ぶのは初めてのことでした。というより、そのパン屋が行列を作ることが初めてでした。並んでいる人みんな、別にパンが食べたいわけではないんです。食べ物が手に入るならとりあえず並ぶんです。

確か三日後だったと思います。震災の。どこのコンビニもスーパーも、空になっていたような気がします。世の中の十分な情報を得られたわけではなかったのですが、おととい、とんでもないことが起きて、いろんなことが普通に戻るのに、ものすごく時間がかかるんだろうな、ということは把握していました。

地震が来た日は、卒業式の前日でした。さっき別れた友人と、当たり前のように明日、中学校を卒業すると思っていました。卒業式の後も、次の日も、その次の日も遊ぶ予定でした。高校は私服なので、服を買いに行く予定でした。約束していた、念願の携帯電話を買いに行く予定でした。

体育館は避難所になり、卒業式は未定でした。友人とは、連絡の手段がありませんでした。危ないから、不要な外出は止められました。三日間、同じ服を着ていました。携帯電話のことは、忘れていました。

でも、文句はありませんでした。

ただ一言だけ、「さむいね」と、心の中で何度も喋りました。

「さむいですね」

そういったのは、後ろに並んでいたカップルの男性でした。そして両手に、スチール缶を三つ、彼女と、母と、私の分を抱えていました。缶コーヒーでした。「あと少し、頑張りましょう」と言って、手渡してくれた優しい温度が、じわり、じわりと、にじんでくるのが分かりました。

私たちはただ、降ってはにじむ、みぞれの行方だけを追う時間を過ごしました。

温かくて、優しい時間でした。

平成二十九年八月四日、私は、或るコーヒーのメーカーから内定をいただいた。来年の四月から、研究開発職として勤務する。私の作ったコーヒーが、いつか、どこかの、誰かの、大切な時間を温めますように。これが、これからの私の大きな目標になった。 

(原文のとおり掲載しております。)