小さな助け合いの物語賞

《一般部門》

優秀賞(2編)

思いを繋ぐ

感王寺 美智子(熊本県)

「熊本も、がんばるっちゃ!」

なかなか、旅立てない私の背中を、逞しい、おばちゃん達の手が、ドン、と押した。

私は、震災後、五年近く、暮らした気仙沼の仮設住宅を出て、熊本へ行く。

離れがたい顔、顔、顔が、涙でぼやける。

復興支援で、ここへ来た私だったが、被災者の皆さんと暮らす中、反対に、助け合い、励ましあいながら、共に生きる大切さを教わっていった。

来た当時、想像以上の被災の爪痕に、茫然とし、無力さに、引き籠りがちになった私に、みなさんは「トーチョーの人、ハマれ(仲間に入れ)」と声をかけてくれた。

そして、被災者の皆さんと共に、花を植え、野菜を作り、歌い、笑い、寄り添い合う暮らす日々がはじまった。

「おはよう、今日は、あったけぇな」

「おかえり、今夜は、しばれるなあ」

いつも、誰かが、声をかけてくれた。

「雨だっちゃ!」

いつも、誰かが、飛び出して、洗濯物を取り込んでくれた。留守の時は、頼まなくても、プランターに、水をやってくれた。

「かぼちゃ、煮たっけ、食べっか?」

「オラのあざら(気仙沼料理)、うまいだよ」

夕方になると、おかずの交換会がはじまった。

ゴホゴホと、咳が止まらぬ夜、玄関で、声がした。

「たまご酒、飲めっちゃ」

隣の部屋のおじいちゃんが、鍋をもって立っていた。眼鏡が湯気で真っ白になっていた。

おじいちゃんは、震災で、奥さんを亡くし、ひとり暮らしだ。

「助け合って生きるんは、自分らのためだけじゃねぇ。昔、あんたのお母さんに世話になったから、あんとき、あの街の人に助けてもらったから、そうやって、繋がって行く未来のために、助け合うんだっちゃ。オラの女房は、おせっかいなくれえ、面倒見がよがった。だがら、オラがひとりになっても、アンタのかあちゃんに、ようしてもらったって、親切にしてくれる人が、いっぺえ、いるっちゃ」

おじいちゃんは、眼鏡を拭きながら、そう話してくれた。優しい目だった。

「熊本も、よろしくお願いします」

自治会長さんが、そう言って、私の手を握った。

熊本も……私は、ハッとした。

この「も」は、同じ被災地の人でなければ出て来ない思いの「も」だ。

会長サンも、おばちゃんも、おじいちゃんも。気仙沼も、熊本も。

よし、私は、気仙沼の人たちの「も」を持って、熊本へいこう。

私は、その手を、しっかりと、握り返した。

(原文のとおり掲載しております。)