小さな助け合いの物語賞

《一般部門》

本仮屋ユイカ賞(1編)

長崎のおじいさん

福島 洋子(長崎県)

「大丈夫ね?」

差し出された右手には、大きく引き攣れたケロイドの痕があった。茶色と桃色の痛々しいまだら模様が、嫌でも目に飛び込んでくる。「あ、ありがとうございます」私はお礼を言って、痩せたその手につかまった。

「さ、急がんと信号の変わるばい」

おじいさんはゆっくりと私を立たせ、左手でかばるように、横断歩道の中央にあるチンチン電車乗り場へ連れて行ってくれた。

三年前の秋の終わり、長崎市の繁華街での出来事だ。

当時私は市内の大学病院に入院中で、その朝初めての外出許可が下りた。婦人科系の手術後に腸閉塞を起こし、不本意な入院延長。だから約二十日ぶりの外出は嬉しくて、少し無理して街なかまで足をのばし、横断歩道で転んでしまったのだ。足の筋力の衰えを自覚せず、わずかな段差につまづいたらしい。

電車を待ちながら、私はおじいさんと会話を交わした。入院中の外出だと告げると、おじいさんの顔に満面の笑顔が広がった。

「そうね。病院から出らるっとは嬉しかもんねえ。おいも何べんも入退院ば繰り返しとるけん、そン気持ちようわかる!」

「……どこがお悪かとですか?」

長崎在住でケロイド――何となく察しはついたが、澄んだおじいさんの瞳に問いかけた。
「(ケロイドを顎でさし)こいたい。幸い命だけは助かったとばってん、こいのせいで生涯病気に苦しめられると……」

「そうですか……」

俯いてしまった私に、おじいさんは優しい笑顔をみせた。

「そいでん、おいは幸せもんたい。たくさんの人に助けられてこげんして長う生きてこられたけん。今日もこれから孫に会いに行くとよ。全部で七人も孫のおっとさ」

おじいさんは土産が入っているらしい紙袋を掲げてみせた。そこへ電車が入ってきて、方向の異なる私とはお別れになった。

「本当にありがとうございました」

深く頭を下げた私に、よかよかとほほえんだおじいさん。開いたドアの前で、ケロイドのある腕を差し出してきた。

「今日はあんたと会えて、よか日やったあ。気をつけて病院まで帰るとよ。おいの方こそ元気ばもらった。ありがとう」

私も右手を出して、おじいさんと握手をした。

力強く温かい手のひら。

胸のなかがほんわりと満たされる。

やがてドアが閉まって電車が動き出し、小さくなっていった。

あれから『助け合い』のことばを見聞きするたびに、あのおじいさんを思い出す。

いまでも元気に暮らされているだろうか。困った人がいたら、優しく手を差しのべておられるだろうか。

私もそんな人間でありたい。切にそう願う。

(原文のとおり掲載しております。)