小さな助け合いの物語賞

入選(4編)

まっすぐな魂

三宅 智子 (神奈川県)

ある夏の暑い日の通勤電車内。私の目の前に座っていた、小麦色に日焼けした女子高生が、そこにいた乗客全員の注目と、心を、引くことになる。

電車はいつも通り途中駅に停車しドアが開いた。しかし、そのドアがいつものテンポで閉まらないことに私を含めた乗客がぽつぽつと気付き始める。なんだろう?と視線を送った先には、手押し車を押して電車を降りようとするおばあさんの姿があった。おばあさんは、電車とホームの隙間を気にしながら手押し車を押したり引いたりしている。「あぁ、あのおばあさんを待っているんだ」

そう合点がいきながらも、ただなんとなくおばあさんを見ていると、ふいに、私のすぐそばの空気が変わった。女子高生が立ち上がったのだ。間髪入れずに耳からイヤホンを勢いよく抜き取ると、一心不乱におばあさんに駆け寄った。そして、彼女は急いで電車から降りると、軽々と持ち上げた手押し車を、駅の出口の方向へ向かせて置いた。 

みなが彼女とおばあさんを見ていた。ただ、見ていた。彼女以外の誰もが、動けなかった。私はといえばその間中、彼女のスカートのポケットから垂れるイヤホンのコードが大きく揺れるのを、ただ眺めていた。それは、彼女が動作する度にぶるんぶるんと左右に大きく揺れた。大切な音楽プレーヤーが、手すりにコードが引っ掛かったり、踏んでしまって、もしかしたら壊れてしまうかもしれない。しかしそんなことは、今の彼女の前では、案ずるに値しないようなのである。むしろ、意識の上にのぼることすら、ないのではないか。

おばあさんは手押し車を押してホームをゆっくりゆっくり歩いていった。彼女は何事もなかったかのように電車にヒョイと乗ると、またイヤホンを耳に押し込んだ。

みなの目線がおのおの、元の位置へ戻っていく。携帯電話や本の活字に目を落とす人、腕を組み目を瞑る人。しかし、あの時の彼らの瞼にもきっと私と同様、たった今目にしたその光景が、何度も何度も映し出されていたにちがいない。

「私は、ただ黙って見届けただけなんだ」

「僕は、誰かしらが手を貸すだろうとただ考えていただけだ」

「俺は、手伝いたいと思ったのに、妙な恥じらいから、自分の殻を破れずにいた」

そんなふうにみなの心の中は、彼女への賞賛だけでは終わることが出来なかったはずだ。

私は、彼女のようになりたいと思った。と同時に、それは難しいことだとも思った。しかし、役に立てなくたっていい。無駄足に終わったって、周りからどう思われたって構わない。いま、自分に出来ることを、全力でしたいと思った。そうやって助け合って人々が生きていくその姿は、とても美しくて、とても貴いのだと、私は彼女の、そのまっすぐな魂から、教わった。

 

(原文のとおり掲載しております。)