小さな助け合いの物語賞

入泉(4編)

善意のリレー

城戸 純哉 (北海道)

三十五年ほど前の昭和の時代、小学校高学年のときだ。

紅葉が一段と深みをましていた雨上がりの夕暮れ、いつも通りそろばんに行く途中、茶封筒の紙袋を見つけた。

手に取ると、違う珠算教室に通う低学年の女の子の名前が書いてある月謝袋だった。中には、当時にしては安くない三千円の月謝が入っていた。

「今頃お母さんに叱られているだろうな。もう誰かに拾われて戻ってこないと、あきらめてるかもなあ」

僕は、泥で汚れた月謝袋を丁寧にほろって鞄に入れた。珠算の授業の終わった後に、近くの交番にひとりで届けに行った。

おまわりさんは、優しく対応してくれ、「小さいのに偉い子だ」と褒めてくれた。

僕は、女の子にあきらめないでぜひ交番に来てほしいと願った。まだ、世の中捨てたものじゃない。そう信じてほしかった。オレオレ詐欺などない時代だ。

一方、たぶんあきらめて交番にはいかないのではないだろうか。今の僕なら交番にいかず、あきらめるだろうとも思った。

しかし、数日後、交番から電話がきた。

「月謝袋を落とした女の子とお母さんが、交番に来ましたよ。君にお礼をしたいそうです」

「よかった。お礼などいりません。善意を信じて取りに来てくれただけで嬉しい」

僕には見返りを期待する心など、これっぽっちもなかった。ただ、善意で届けただけだ。

ただ、お母さんが、良識のある律儀な方で、交番の電話の受話器ごしにこういった。

「お金の金額が問題じゃないんです。迷うことなく届けてくれた真心に感謝したい。教育をなさっている親御さんにお礼をいいたい。娘にもその尊い気持ちを教えたいのです」

後日、お母さんと娘さんは、わざわざ一緒に僕の家を探して訪ねてきた。

「このたびは、月謝を届けていただき、ありがとうございました。正直、交番に行くのを数日間戸惑いました。でも、届けてくれた人がいた。この感謝の気持ちは、一生忘れません。今回していただいた善意を他の誰かにバトンタッチしていきたい・・・」

お母さんは僕と母に感謝の気持ちを筆舌に尽くしがたいほどおっしゃった。その思いの深さが伝わってきた。僕も母も恐縮した。

小学生がお金を届けただけの、よくある話だ。にもかかわらずに、互助の精神でこんなほっこりした気持ちになれた。理屈抜きに嬉しかった。今でも、あのお母さんと娘さんの優しい眼差しが忘れられない。

僕は大切なものが何なのかを、逆にお母さんと女の子から教えていただいた気がする。

同時に、このような昔にあった古き良き善意のリレーがネットワーク化できればと、詐欺のはびこる心なきこの時代に強く思う。

(原文のとおり掲載しております。)