小さな助け合いの物語賞

優秀賞(2編)

車椅子の彼女

宮川 勉 (大阪府)

私の勤務していた会社は、地下鉄最寄り駅から歩いて約十分、八百メートルの所にあった。

毎朝駅を降りると、車椅子に乗った会社の同僚の女性をよく見かけた。彼女は、いつも必死の形相で懸命に手動用車椅子の両輪をぐるぐる回し、一人で会社に通勤していた。

「おはようございます。よかったら後ろ、押しましょうか?」

私は、いつの頃からか彼女の車椅子の介助用ハンドルを握り、会社まで一緒に通勤する様になった。

道すがら話を聞くうちに、車椅子に乗らないと分からない数多くの苦労があることに気付かされた。

平坦だと思っていた道路には実は傾斜があったり、普段気が付かない段差がいくつもあったりして、自力で車椅子を動かすにはかなりの負担となること。特に、雨の日は車輪が濡れて手元が滑るうえ、水たまりに車輪を取られて車椅子が更に重くなるため、腕がパンパンに張ってしまうこと。駅に設置されたエレベーターやスロープまでわざわざ遠回りしなければならず、階段を使えば短い距離も思った以上に時間がかかること。朝の通勤通学ラッシュで混雑した駅のホームや地下街での移動にはかなり神経を使うこと等、その内容は想像以上だった。

ある日の夕方、取引先との急な商談のため出かける機会があった。駅まで歩いていると、帰宅途中の彼女が人混みに揉まれ、動けなくなっている姿に出くわした。急いでいた私は、そのまま見過ごそうとしたが、やはり気になって引き返した。私は、たった十分程度のロスを惜しんで見過ごそうとした自分の心の狭さを戒めた。早速取引先に電話し、少し到着が遅れる旨を連絡し、駅まで彼女の車椅子を押していった。

彼女は恐縮し何度もお礼を言っていたが、私も心が洗われ清々しい気分になれて、その後の取引先との商談も無事に対応することができた。

そんな日々を過ごす中、助け合いの輪が徐々に広がっていった。毎朝彼女の車椅子を押して道行く同僚達に挨拶するうちに、私より先に多くの人々が率先して彼女を手助けする様になったのだ。特に、雨の日には一人が車椅子を押し、もう一人が傘をさして、三人仲良く通勤する姿も見かける様になった。

彼女がニコニコしながら楽しそうに通勤する姿を見て、こちらまで幸せな気持ちになった。彼女も、みんなの支えのお陰でより一層リハビリに励むようになったという。

その後私は転勤し、彼女を見かけることはなくなったが、今でも車椅子姿の人を見ると彼女のあの優しい笑顔を思い出し、心が癒される。

(原文のとおり掲載しております。)