小さな助け合いの物語賞

しんくみ大賞(1編)

二人の先生

生越寛子 (大阪府)

「母さんが倒れた」いつも温和な父の緊迫した声に頭が真っ白になり私は震えが止まらなかった。身支度など何もせずに新幹線に飛び乗って母の病院へと急いだ。ベッドの母の蒼白な顔が病気の重さをはっきりと表しているようだった。

「末期癌ですね。余命3ヶ月と覚悟して下さい」医師から突きつけられた現実に誰もが泣き喚き奈落へ落ちていくようだった。私たちは母に余命の話などとてもできなかった。でも私たちとは裏腹に母はとても冷静だった。母は小さな塾を営んでいた。田舎の小さな町塾だ。近所の子が集まり、勉強もするけれど色んな相談も受ける。友人関係や親子関係、進学や恋。どんな話も親身になって聞いて対応してくれる。たまには夕食も一緒に食べさせて子どもたちに元気をあげている。そんなお日様のような塾だった。医師の言葉を引きずりながら、母に会いに行くと母は塾の子たちの心配をしていた。3月の高校受験を控えている子が数人いたのだ。今、休むわけにいかない。みんなをしっかりサポートして見守ってあげたい。だけど、現実はやる気と気力ではどうにもならないくらい癌が進行してしまっていた。数日塾を休む連絡を私が担っていた時、一本の電話があった。

「僕、先生の代わりに塾で教えます。」母の塾を卒業した男の子が近所の子から事情を聞き、そんな申し出をしてくれたのだ。「僕では力不足かもしれませんが、少しの間の繋ぎでもお役に立てたら。」彼は優秀な大学に通っている学生だった。大学も忙しいのに毎日のように塾に来て、先生をしてくれるようになった。こっそり覗いてみると、母とそっくりな教え方で、丁寧で温かい。その後ろ姿が母を彷彿とさせてますます心が温かくなるのを感じた。私は病院へ行くと、いつも彼の塾先生っぷりを報告することにした。

「うんうん。そうそう。」母の相槌も自然と弾む。余命3ヶ月はウソのように母は手術を受け回復に向かった。入院して3ヶ月後。そこには二人が揃って塾の先生をしている後ろ姿を覗くことができるようになっていた。母の少し丸くなった背中と、若く突き抜けるように真っすぐな彼の背中が生徒たちを包んでいるように感じた。春を迎えるころ、何人かの晴れやかな高校生姿を見ることができた。彼もそれを一緒に心から喜んでくれていた。そして母が

「この春ほど、塾をしていて良かったと思ったことはないよ」と涙を拭いながら言った。温かい人の繋がりが若い蕾に力を与えた日々だったね。その咲き誇った桜のような子どもたちの笑顔が母の何よりの宝物になった。

(原文のとおり掲載しております。)