小さな助け合いの物語賞

入泉(5編)

『自転車の旅』

大西 賢

自宅のある東京から鹿児島まで、自転車で行くという冒険の旅に出たのは、高校三年生の夏休みのことだ。暑い夏だったが、十七歳の私は頑張って三週間ほどで九州まで来た。

ところが、熊本まで来たところで異変が起きた。自転車のチェーンが後輪のギアの変なところに挟まってしまった。なかなか取れない。ドライブインの端っこで故障した自転車と悪戦苦闘していると、食事を終えたらしい人たちが集まってきた。

「兄ちゃん、どうしたんだ?」

そう訊かれたので、「自転車が故障して走れなくなってしまいました」と正直に答えた。真っ黒に日焼けした少年と、荷物を満載した自転車はよほど目立つのだろう。どんどん人が集まってきた。最初に話しかけてきたヒゲのおじさんが「どれどれ?」などと言いながらいじってみたが、どうにもならなかった。

集まってきた人たちも、

「こりゃ、自転車屋に任せないとダメだな」

などと言っていた。すると、ドライブインの駐車場に、一台の軽トラックが停まった。

「そうだ、兄ちゃん。あの軽トラに自転車ごと乗せてもらって自転車屋まで行きなよ」

ヒゲのおじさんがそう言って、軽トラのおじさんをこっちまで連れてきてくれた。

「この兄ちゃん、自転車が故障して、走れなくなったんだ。悪いけど、軽トラに乗せてやってくれないか……」

ヒゲのおじさんからそんな説明を受けた軽トラの持ち主―-この人もおじさんだ――は、私と自転車を見比べて言った。

「あんた、どこから来たんだ?」

「東京からです。鹿児島まで行きます」

「東京からずっと走ってきたのか?」

「はい」

――軽トラのおじさんはしばらく黙っていて、こう言った。

「いや、ワシはあんたを車に乗せん」

え、なんで――。

軽トラのおじさんは私の目を見て言った。

「あんたは自分の脚で東京からこの熊本まで来たんだ。ここでワシが車に乗せてしまったら、ここまでのあんたの苦労は水の泡になる」 

――その通りだと思った。

その場にいた人たちも「たしかにその通りだ」と言い始め、みんなで修理をしてくれることになった。後輪を外そうとしたりチェーンを握ったりして、みんなの手は真っ黒に汚れたが、十七歳の少年をなんとかして「自分の脚」で鹿児島まで行かせようとしてくれた。

三十分ほど経って、自転車は直った。そして私は「自分の脚」で、鹿児島まで行けた。

汗を流しながら自転車を直してくれた人たち、そして私のためを想い、「車に乗せん」とキッパリ言ってくれたあのおじさん。あの人たちに、私は今でも感謝している。

 「自分の脚」で鹿児島まで行けたのは、あの人たちのおかげなのだ――。

(原文のとおり掲載しております。)