小さな助け合いの物語賞

優秀賞(3編)

必要としている誰かの命のために

住吉 国和

16歳の夏休み、一人旅に出ていた。改札を出ると、真夏の陽射しの下、周囲の雑踏をかき消すような大きな声が聞こえてきた。

「献血にご協力ください!」

全く意図していなかった。生まれて初めて献血ルームというものに入るには勇気がいる。敷居が高いというか、何をされるのか分からないから不安でいっぱいだ。

「献血手帳をお持ちですか?」

「いいえ、今日が初めてです。」

ドキドキしながら問診・検査を終えて採血室に入ると採血針の太さに愕然とした。

「うわあ、やめときゃよかったかな。」

そんな不安をよそに僅か10分程度で、初めての200m献血を終えたのを、よく覚えている。

父が亡くなって、もう10年になる。

夏の終わり、大学病院の診察室に家族が呼ばれ、主治医の先生に言われた言葉は、ステージ4・末期の大腸がんだった。

「来年の桜は見られないでしょう・・・。」

検査で発見した時には、もう手遅れだった。病気との闘いは壮絶だった。胃や肺、肝臓にまで病巣は転移し、吐血と下血を繰り返し、幾たびもの輸血を余儀なくされた。父の全身の血液が「善意の血液」に置き換わっていった。やがて半年後、桜の花を見ずに、静かに息を引き取った。

もう立秋を過ぎたのに今年の夏も猛暑続きだ。いつものように献血ルームの自動ドアを抜けると、涼しい風が全身を包みこむ。

「献血手帳はお持ちですか?」

「はい、持っています。」

真夏は献血者が減少する。しかし、需要が減るわけではないから血液や製剤の在庫はひっ迫する。止血機能を持つ血小板製剤に於いては採血後4日間しか使用できない。

「今日も成分献血をお願いできますか?」

「はい、大丈夫です。」

やがて、部活帰りの高校生だろうか?

友達を連れて制服のまま献血ルームに入ってきた。どうやら今回が初めての献血らしい。その勇気には心から敬服する。

「がんばれ!がんばれ!」と、心の中でつぶやく。それは、助け合いの心が生まれる瞬間。一歩踏み出す勇気、人のために何かをしたいという気持ち、それが助け合いの始まり。

私が初めての献血をしてから約20年、献血回数はもうすぐ180回を迎える。幸いなことに今まで大きな怪我も病気もなく過ごせることが出来た。父はたくさんの人たちの善意で病気と闘うことが出来た。いずれ、私もお世話になるかもしれない。それまでは、健康でいる限り、強い意志で献血を続けていく。

もうすぐ、私の子どもたちは16歳を迎える。一緒に献血できる日が来たらうれしい限りだ。同時に命の大切さ、献血の必要さを次の世代へつないでいく。

「献血」

必要としている誰かの命のために。

これが私に出来る「小さな助け合い」。

(原文のとおり掲載しております。)