小さな助け合いの物語賞

優秀賞(3編)

誰かの為に

小森 ちあき

二十五年前、入院中の祖父の病室に向かう途中の廊下で、八十歳くらいの男性患者が、毎回私に『すみれ』と呼びかける。人違いである旨を告げても、聞き入れてもらえぬ故、軽い会釈を続けていた。祖父の退院を翌日に控えたある日、私は、五十代、三十代、そして大学生ぐらいの男性患者から声をかけられ「すみれさんになって欲しい」と言われ、あまりの唐突さに私は言葉を失った。彼らは、私を『すみれ』と呼ぶ男性患者と同室患者で、彼は私を孫娘の『すみれ』だと思い込み、見舞ってくれるのを心待ちにしている。と言う。そして彼の名はMさんで、膵臓がんを患い余命が短い事、息子夫婦は遠方で見舞いに来られず、孤独である事などを真剣に訴える。ならば尚更、そんな虚偽芝居は出来ないと言う私に「嘘は、不当な自分を有利にしようとする心。でも、相手の気持ちを尊重する労りから生まれるのは、嘘ではなく思いやりだ」

「同室になった孤独な老人の、人生の総仕上げの時期を笑顔で飾ってあげたい」また、私の立場が悪くならぬ様、病院関係者にも了解をとっていると言う。私は何故、そこまで他人の人生に本気で関われるのか、を疑問に思った。すると、私の心を見透かした様に、五十代ぐらいの男性患者が「自分達は、ずっと競争社会で生きてきた。でも、がんになり残された時間を、誰かの為に使いたいのだよ」と言った。三人共、がん患者であった。私は、答えに窮し「ごめんなさい」の言葉を残し、病院を後にした。しかし『残された時間を、誰かの為に使いたい』その言葉は、私の共感の眼差しを、惹きつけずにはおかなかった。「よく来てくれた」翌日、Mさんは嬉しそうに私を、ベッドの横にある椅子に座らせた。

私の姿を見た同室三人の表情が、一斉に輝いた。私はMさんの話す内容に、相槌を打つだけだが、Mさんは本当に朗らかで美しい表情を見せてくれた。その様子を見た三人も、会話に参加するようになり、がん患者ばかりの病室が、朗らかで笑いのある場所へと変化した。愛は命への労り。命を労わる愛だけが奇跡を起こせるのだろう。主治医が、Mさんの検査数値が良くなったと驚いていた。しかし二週間後、Mさんは心臓麻痺で亡くなった。生前Mさんは、息子に「病室の皆さんと、すみれに似た娘さんが、私の生きる力を引き出してくれた。その分だけ、彼らの生きる力が増す事を私は願う」との手紙を送ったらしい。そして孫娘の『すみれ』は二十歳で他界し、生きていれば私と同じ位の年齢だったと、挨拶に来た息子が、話してくれたそうだ。Mさんは私が孫娘でない事に気づいていた。しかし、同室患者の心を尊重してくれたのだろう。Mさんの人生のフィナーレを美しく演出した三人は、各々がMさんの手紙のコピーを握り締め、辛い治療に耐え、がんに打ち勝った。彼らは教えてくれた。自分の心が変れば、全てが変ってゆく。誰かの為に行動してゆく中に、最も光輝く生命の軌道がある事を。

(原文のとおり掲載しております。)