小さな助け合いの物語賞

優秀賞(3編)

ご一緒しましょう

熊沢 聡子

ついさっきから降り出した小雨に傘を差そうかまよいつつ私は駅へと急いでいた。しかしふと前方の女性に目が留まり、私は歩みを緩めて折り畳み傘を広げ始めた。

その女性は若いママさんで、背中に大きなリュックをしょっていた。右肩に折りたたんだベビーカーをかけて、そして眠っている男の子を重そうに抱いていた。リュックの脇ポケットから折りたたみ傘が覗いていた。

傘を差した私はゆっくり歩きながらずっと前のことを思い出していた。

「いやだあ」

「ほら、頑張って」

三歳の息子が私の手を振りほどいてしゃがみ込む。眠い、疲れた、抱っこしてほしい。電車で出かけた帰り道、改札に向かう長い階段を前に彼は必死に抵抗する。

彼の要求に応えたくとも、背中にリュック、肩にベビーカー、一歳の娘を抱え、かろうじて空けた右手では手をつないで引っ張ることしかできない。無理やり彼の腕をつかもうとした時だった。

「ご一緒しましょう」

振り返ると三人の子供を連れたお母さんが立っていた。

「階段の上までご一緒しましょう。さあ僕、お姉ちゃんとおばちゃんとおててつなごう」

息子は両手をつながれ、ほとんどぶら下がるようにして階段を上り始めた。お姉ちゃんに続く男の子たちも一緒に息子は笑いながら上っていく。私も急いで後に続いた。階段を上りきるのに一分もかからなかっただろう。

「ほうら僕、到着。偉かったね。またね、バイバイ」

「あ、あの。ほんとにありがとうございます」

「気をつけて。頑張って」

三人の子供を連れてそのお母さんは行ってしまった。私は胸いっぱいの感謝の気持ちを伝えきれずにもどかしく思いながら家路を急いだのだった。

「駅にいらっしゃるのですか?ご一緒しましょう」

私はいつしか若いママさんに追いつき傘を差しかけた。くったり眠る坊やに雨粒が当たらないよう深く傾けた。

「あっ。すみません。傘持ってるんですけどさせなくて……」

五分もせずに駅に着いた。

「お気をつけて。さようなら」

私は急ぎ足で駅の向こうのスーパーへ。十五年前から胸に抱えていた気持ちをやっと伝えられたようなすっとした気分だった。

(原文のとおり掲載しております。)