小さな助け合いの物語賞

本仮屋ユイカ賞(1編)

はじめてのおつかい

森田 欣也

「あの〜。なんかジュースでも買ってきましょうか。」

と、声を掛けると、そのひとからは、

「じゃ冷めたい缶コーヒーでも買ってきて。」と、早口でぶっきらぼうな言葉が返ってきた。それも仕方ない事、病気や事故で体に重い障害を負い、最初はみんな、絶望感の中、ここにやってくるのだから。

そして、今から28年前。声を掛けるってこんなにも勇気がいる事なのかと、ドキドキが止まらない中、4階の病室から1階の売店までの往復の、私のはじめてのおつかいがスタートした。

普通の車イスは、両側にハンドリムが付いているけれど、私の車イスは、少し動く右腕だけで漕げるようにと、右側だけに、大小のハンドリムが付いている。リハビリのおかげで漕げるようになったとはいえ、ひと漕ぎ10センチ程しか進まず、スピードは亀より少し早い程度だった。

上がらない腕の代わりに、頭でエレベーターのボタンを押し、3度ドアに挟まれながらも1階に着き、無事、売店で缶コーヒーが買えた。あとはまた、来た道を帰えるだけ、「簡単、簡単。」と、右腕に力を入れるが、車イスは動かない。もう1度力を入れてもやっぱり、車イスは動かない。今まで、看護師さん押してもらっていたので気づかなかったけれど、帰えりはゆるやかな、ほんとゆるやかな上りになっていた。

ここ、リハビリ専門病院は、生きていくための自信を少しづつ着けていくところ。私も18歳の時、事故で、一生治る事のない重い障害を負い、夢も、生きる希望も失なった中、ここに来た。そんな私に、やさしく声を掛けてくれたのが隣りのベッドのひとだった。そしてここは、当り前のように、少しでも自信を着けたひとが次のひとを助ける。体の不自由な者同志が自然と、無理をせず、自分の出来る事、自分にしか出来ない事でお互いの心を助け合う、そんなところでもあった。

二日前、重い障害と大きな褥瘡を抱えたひとが隣りに入院してきた。「よし、次は私の番だ。」と思い、車イスが漕げるようになった私に出来る事、それがおつかいだった。がしかし現実は、目の前のゆるやかな上りにつまづいている。

これから先、もっともっと困難な事がたくさんあるだろう。だから今はこんなところでつまづいている場合ではない。もう1度、もう1度、もう1度、そして、14度目の挑戦で車イスは動き、あとは前へと進むだけだった。

すっかりぬるくなってしまった缶コーヒーを、一気に飲み干したそのひとは、

「おいしかったよ、ありがとう。」

と、すてきな笑顔を見せてくれた。

結局、1時間近くもかかってしまった私のはじめてのおつかいだったけれども、またひとつ、心がくすぐったくなるような自信となった。

(原文のとおり掲載しております。)