小さな助け合いの物語賞

しんくみ大賞(1編)

街中の天使

上野 めぐみ

母が認知症になってから、八年ほど経つだろうか、今は施設で暮らしているが、それまでの数年間、母の病状が進んでいく中で、私たち家族の心境も変化していった。

なかでも一番変わったのは父だ。

父は戦前の生まれ、その頃の影響が強いのか、人に頼ることが出来ない。頼るどころか、まわりが差し伸べる手を振り払い、全て一人でやろうとする相当な頑固者だ。

母の介護に関することもそうだったが、ある日、そんな頑固者の父を変える出来事があった。

その頃、母はすでに言葉を発することが出来なくなっていたが、「身体の方は少しでも動かした方がよい」と言うケアマネージャーさんの助言通り、父はよく母を買い物がてら散歩に連れ出していた。

その日もスーパーで買い物をした後、家に帰る途中だったのだが、母は突然道端に座り込み、動こうとしなかった。父は仕方なくスーパーの袋を下げながら、母をおぶって歩いた。少し歩いては母を道端に下ろし、休み休み家へと向かったが、父もそれなりの年齢、腰もかなり悪い。とうとう父も力尽き、母をおぶったまま座り込んでしまった。十分くらいの道のりだが、母をおぶっての十分はまだまだ遠い。しかも家はエレベーターの無い五階。さすがの父も、途方にくれた。

そんな中、「大丈夫ですか?」と一人の青年が声をかけてきた。父は「大丈夫です」と答えたが、青年はそれまでの様子を見ていたのか、「僕がおぶって行きます」と言って、母の腕を自分の背中にもたれさせ、母をおぶった。父は慌てて「大丈夫です、大丈夫ですからっ!」と言ったが、青年は何も言わず、母をおぶったままただただ黙々と歩き続け、息を切らし、汗をかきながら五階までの階段を上り、母を家まで届けてくれた。

父は涙で声を詰まらせながら、何度も何度も頭を下げてお礼を言い、青年に名前と連絡先を尋ねたが、青年は「大したことじゃありませんから、気になさらないでください」と最後まで答えず、その場を後にした。

父は今でもこの時の事を時折思い出しては涙ぐむ。

途方にくれていた父に声をかけ、母をおぶって家まで届けてくれたことにももちろん感謝しているが、家族でも変えられなかった父に「まわりが差し伸べる手を受け入れてもいいんだ」と、身をもって教え、心を開かせ、それからの父を変えてくれたこと、感謝してもしきれない思いでいっぱいだ。

直接お礼を言うことは出来ないけれど、その分、私たち家族はまわりの人たちに恩返しをして行きます。

街中の天使さん、本当にどうもありがとうございました。

(原文のとおり掲載しております。)