小さな助け合いの物語賞

入選(5編)

一人一粒の愛

小森 ちあき

「O型の血液が必要です。献血に協力して下さる学生は、事務所の前に集合して下さい」ある日の午後、大学の校内放送が繰り返し行われた。

 

二十四年前、私は学生数一千六百人ほどの某女子大学に勤務していた。文学部のみで学科は三つ。小規模な大学であるため、学生への連絡は校内放送で行われていた。O型の血液が必要なのは、名誉教授のS先生で、当時は非常勤講師として講義を担当されていた。父上が創設者であり、二度も学長に選出されるほど人望の厚い先生であった。その様な立場でありながらもS先生は、暇を見つけては作業着に着替えて、草むしりや構内の整備をされ、学生に対しても全力で励ましを贈り、個々人のたくましき成長を喜びとされていた。その慈愛溢れる人間性に、私だけでなく多くの学生がS先生を慕っていた。

 

体調を崩され入院していたものの、何かの理由で急遽、大量の血液が必要となったのであろう。それ故、O型の学生を募り、入院先のM病院に行ってもらう手配をしていた。詳しいことは分からなかったが、私も構内を走り回り多くの学生に応援を頼んだ。

 

残念ながら私の血液型はA型。O型は、O型の血液しか輸血出来ない。しかし、いてもたってもおられず勤務終了後、私はM病院に駆けつけた。病院の廊下には、予想を上回る献血希望の学生が座っていた。学年も学科も違う学生達。意外だったのは、多くの学生が自らの意志で、たった一人で来ていたということ。真面目な学生、講義をさぼってばかりいる学生。わざわざアルバイトを休んでまで来てくれた学生もいた。集結した学生達の真剣な表情を見ていると、自分が彼女達と目に見えぬ何かで結ばれ一体化していく穏やかな感覚に包まれた。しばらくすると、今度は心の底から強く温かな力が込み上げてきた。私は、何かせずにはおられぬ衝動に駆られ私の心に芽生えた力を分け合う思いで「ありがとう」の言葉を、学生ひとり一人にかけて回った。その後、S先生の病状が安定したという連絡を受けた瞬間、待機していた学生の顔に、安堵の笑みが花咲いた。きっと、学生達の目に見えぬ心の引力が、S先生の命を生の方向に強く導いたのだろう。私はそう確信した。

 

帰途に着く学生達の美しい笑顔。そこには、強制も命令もない、ただ「困っている人を助けたい」という最高の人間性が放つ輝きが感じられた。道すがら、一人の学生が話しかけて来た。「私ね、すごく自分が嫌いだった。でも、今日こうしてS先生のお役に立てた自分が、ほんのちょっぴり好きになったよ」と小さく笑った。人間、肌身で感じる、命で感じるといった経験からしか学べない大切なことがある。それは、「誰かに愛情を注ぐたびに、自分が愛情に包まれる」ということ。始まりは一人一粒の愛。そこから、温かな世界が必ず広がる。人生の大切なものは、小さなものの組み合わせから創られているのだから。

 

(原文のとおり掲載しております。)