小さな助け合いの物語賞

優秀賞(3編)

理想の大人

高原 和幸

今から三十三年前、クリスマスイブに行われる、私にとって初めての大学受験に臨む、高校三年生の時です。岩手県に住む私が、受験会場である宮城県仙台市に向かったのが十二月二十三日。まだ東北新幹線が無く、急行列車での旅でした。空は雪模様でしたが、北国の人間にとって冬の雪は当然の事です。

 

ところが、県境もまだ先の段階で列車は猛吹雪に阻まれ、ついに列車は線路上で立ち往生してしまいました。とは言え、ほとんどの乗客が北国の人間「こんな事もあるさ」くらいに思い、皆落ち着いたもの。しかし、そのまま二時間以上が過ぎ吹雪が勢いを増すばかりに陥ると、さすがに皆深刻な顔つきに変わりました。

 

その中「もう、線路上の除雪が間に合いませんので、この先はバスの代行輸送に切り替えます。どうかバスの到着をお待ち下さい。」との車内放送が流れ、事態の深刻さを再認識すると共に、バスの代行を知り、車内の雰囲気も安堵に包まれました。そして一台目のバスが明るくヘッドライトを光らせて到着してくれた時は、まさに「救世主」でした。しかし、到着したバスは一台、列車の乗客全員が乗れる訳はありません。二台目以降、続々とバスは来るでしょうが、皆、目の前の一台目のバスに乗りたい筈。勿論、私自身もです。

 

すると、ビジネスマンとおぼしき一人の紳士が、我々乗客に向かって大声で語りかけました。「この中に、明日仙台で行われる大学受験に臨む受験生の方々が沢山います。皆さん、大事な用事で列車に乗っているのは分かりますが、どうか人生を賭けた彼らを先に乗せてあげて下さい!」と。この紳士は私同様に明日の入試に挑む受験生と車内で会話され、受験生が数十人乗車している事を把握されていたのです。

 

先を急ぐ筈の乗客の皆さんも助けて下さり、我々受験生にバスへの道を開けて下さいました。私は「良かった、助かった」という気持ちだけで早々とバスに乗り込みました。この時の私は紳士と乗客の皆さんの助けに、お礼も挨拶も出来ませんでした。自分の事しか考えていなかったからです。紳士と乗客の皆さんに助けられ、翌日の入試にも無事臨めた事、仙台からの帰路の列車の中、初めて思い至る事が出来た有り様でした。

 

やがて私自身が社会人となった際、目標にしたのが「あの紳士」の姿です。自分自身にとって損・不利であっても物の道理を貫いて正しく生き抜く事を目指して三十三年、それが私の社会人としての人生です。まだまだ私は「あの紳士」の域には達していませんが、これからも、あの時の助け(とても「小さな助け合い」の枠には収まらない「大きな大きな助け」でした)を忘れず、私の「理想の大人」に近づくため、小さな助けを積み重ねて恩返ししたい、と現在も生き続けています。「助け合い」が出来ず、一方的に助けてもらっただけの私でしたから・・・。

 

(原文のとおり掲載しております。)