小さな助け合いの物語賞

しんくみ大賞(1編)

命を見つめて

西崎 めぐ美

(トントン、トントン)

 

午前零時、病室をノックする音がして、私は飛び起きました。それは、平成6年2月、次男が病名を告げられ入院した時の事でした。

 

小児科病棟には、沢山の子供達が長期入院をしていました。全室個室でしたが、入院生活が始まるとお母さん達が声をかけてくれました。「何か困っている事無い?遠慮なくねっ。ここにいる人は、戦友みたいなもんだから。一緒に頑張りましょうね」私に、一番に声をかけた強(つよし)君ママ。出生時無呼吸となった次男が、この病院の集中治療室に運ばれた時横に強君がいました。戦友という一言が、私の心をふんわりと包んでくれました。

 

(トントン・・・・・・)ノックの音がしたのです。強君ママでした。「ごめんね。遅くに。柿持ってる?」早口のママ。手元にある果実は、りんごだけでした。

 

「2号室のしゅん君のママが、柿を探してるねん」強ママと廊下に出ると、他の病室からも、付き添いのママ達が飛び出していて・・・・・・。

 

その頃は、携帯電話を持っている人など無く廊下に有る公衆電話から、銘々が10円玉を握り心当たりに順に電話しました。しかし、真冬の2月に、柿は見つかりませんでした。

 

しゅん君は、数日前から病状が悪くこの日やっと目が覚め、柿が食べたい・・・・・・・とママに言ったのでした。皆が、右往左往する中、午前三時の巡回に警備員さんが来ました。私達の様子に、「どうされました?」と聞いてくれました。事情を私が話すと、「実家が和歌山の柿農家なので、もしかしたら自宅にあるかも知れない」と言いました。私達はすがる様にお願いしました。奥様に連絡がつき、明け方病院に届けられました。しゅん君ママは、何度も何度も頭を下げ、しゅん君も嬉しそうに笑みがこぼれました。大好きな柿を最後に、しゅん君は、その夜、旅立って行きました。病棟は一日中、静まりかえり重い空気が流れました。悲しくて、切なくて・・・・・・。でも、みんなの心の繋がりで、しゅん君の元へ柿を届けてあげられた事が、私達の胸の重みを軽くさせてくれました。

 

人と人が出会い、そして支え合い、人の喜びを自分の喜びの様に嬉しいと感じた瞬間に出会え、私の中の何かが変化したのを感じました。

 

次男が、障害と共に生きる事になるだろうと宣告された時、私の心は一つの曇りも無くぶれない私が居ました。出会えたお母さん達の様に、ただただ、一つの命だけを見つめ生きて行こうと思いました。次男は、15歳冬、しゅん君の様に綺麗なお星様になりました。

 

水面に石を投げ入れた時、水の輪が出来る様に、互いの命を尊ぶ生き方が出会えた人の周りに人の輪となって広がっていきます。

 

それは、次男が生きた証の様で、私の喜びとなっています。私はこれからも、人の命を見つめ生きてゆきたいです。今ある時間に、感謝しながら・・・・・・。

 

(原文のとおり掲載しております。)