小さな助け合いの物語賞

入選(6編)

小さなお婆さん

松川 千鶴子

昨夏、ドイツで結婚した娘が夫と帰国した。彼は、その二年前にも娘と一緒に帰国しており、京都や奈良、大阪などを観光していて地理も分かっていた。そのため、本好きな彼は、今回は観光目的ではなく本屋さんを巡りたいと思っていた。

 

そして、彼は朝早くから、地図を片手に颯爽と家を出た。だが、十時間が経ち、夕方を過ぎても帰宅しない。心配して娘が携帯を掛けた。すると何とベルが鳴った。クッションの下敷きになっていた。「いい大人だし、心配する事ないよ。」私の言葉に娘も頷いた。そして、夜十時に彼はちゃんと帰宅した。

 

「日本、大好き。みんな、親切。

みんな、助けてくれた。」

 

ドアを開けるなり、彼は興奮して言った。

 

聞けば、梅田駅付近の大手本屋さんには地図通り行けたが、後は大変だった。お目当ての本屋さん(古書店)は、地下鉄を乗り継いだりしなければならず、乗り越したり、駅で迷ったりした。彼が困り果てていると、
「どこに行きたいの?」と声掛けられ、その度に沢山の人が集まってくれた。そして、その付近に詳しい人が案内してくれた。そんなことが何度もあったと説明し、


「信じられないこと、感動しました。」と彼は言った。それだけではなく、迷子になっても交番を教えてもらったり、色々助けてもらった。途中、雨が降ってきたら、「どうぞ、どうぞ。」と、道行く人が、その人が差していたビニール傘までくれたと、玄関脇に立て掛けた傘を指差した。

 

そして、床に置いた本の入った四つの大きな紙袋の一つを持ち、

 

「そして、もっと驚きました。

一つ持ちましょうか、と言われました。

それも、小さなお婆さんに。」

 

彼は目を大きく開いて、驚きを顔いっぱいに表して言った。

 

「私は男ですよ。それもお婆さんよりもずっと大きな。そして、外国人です。まさか、小さなお婆さんからさえも親切に話し掛けられるとは、思ってもみませんでした。」彼は興奮冷めやらず続けた。

 

「ノー、ノー、とんでもない。ありがとうございます。」とお辞儀をして断ると「お役に立てなくて、すいません。」と逆に謝られたと彼は、その時の頭をぺこぺこした様子を私たちの目の前で再現した。そして、今日一日の出来事を話し終えると、倒れるようにソファに腰掛けた。「私、今日一人で出掛けて本当によかった。日本人の心の優しさ、よく分かった。」彼は何回も言った。

 

「小さなお婆さん、ニコニコしていた。私、生まれて初めてです、こんな経験。私、幸せです。」彼は日本に滞在中ずっと言い、そして一年経った今も言っている。彼を助けてくれた沢山の方々、本当にありがとう。

 

そして、小さなお婆さん、彼がもう一度お会いしたいと言っています。