小さな助け合いの物語賞

入選(6編)

まるで呼吸のように

渡辺 美帆子

幼い頃から理屈っぽく、集団生活になじみにくかった息子は、小学校に入って最初の夏休みが終わる頃から頻繁に、「学校に行きたくない」と訴え始めた。何がどういやなのか、ゆっくり気持ちを聞こうとするが、「学校がイヤだ」「学校に行く意味がわかんない」と繰り返すばかりだった。二学期が始まると早速登校をしぶりはじめ、廊下に寝転がって抵抗したり、ランドセルをほうりなげて学校から逃走したり、好きな科目だけ参加したり、といった不安定な日が続いた。子どもが学校を嫌がる、皆と同じように登校できない、そのことが親としてこんなにつらいことなのかと、初めて知った。

 

ある朝、何とかランドセルを背負わせて一緒に家を出た。歩いて2分ほどの畑沿いの十字路に、幼なじみのS君が立っていた。とぼとぼと歩く息子を、S君はじっと見つめながら待っていた。しかし息子はS君のすぐ手前で立ち止まり、しゃがみこんでしまった。私の気持ちも奈落に落ちていくようだった。S君を待たせているというあせりもあり、あれこれと言葉をかけてみるが、どれも宙に空回りして息子には届いていないようだった。やがて息子は、そばにあった小石を空き地に向かってぽーんと投げはじめた。今日ももうダメだ。S君に先に行ってもらおう、そう思ったとき、S君も黙って息子のすぐそばにしゃがみ、同じように小石を投げ始めたのだ。息子が投げ、S君が投げる。また息子が投げ、S君も投げる。それぞれ小石を手に、思い思いの方向へ投げていた。ふと、S君が息子にニヤッと笑いかけ、息子もニヤッと笑い返した。すると突然、息子は立ち上がり、黙ってゆっくりと学校への道を歩き出したのだ。S君もすぐ立ち上がり、息子の隣を歩きだした。思いもよらぬ展開に驚きつつ、かろうじて「行ってらっしゃい」と声をかけた。息子に寄り添うように歩くS君の後ろ姿に、祈るような気持ちで大きく頭を下げた。そして息子はこの日を境に毎日登校するようになった。あの日のあの畑の十字路が、息子の人生の岐路であったというのは大げさだろうか。S君はたった一言の言葉も用いず、息子に、立ち上がって十字路を左折する勇気を与えてくれたのだ。

 

今、5年生になった二人は同じサッカークラブのチームで切磋琢磨している。あの日の出来事はきっと、二人ともとうに忘れている。おそらく二人にとっては「助けた」「助けてもらった」という意識などない、自然な動きだったのだろう。あいつがしゃがんだから俺もしゃがんだ、あいつが笑ったから俺も笑った。何とか登校させることしか考えられなかった私には、けっしてできない寄り添い方だった。まるで呼吸をするかのように、自然な気持ちのまま、相手に寄り添う。そのことを若干6歳の少年同士のやりとりで教わった。あの十字路は私にとっても大きな岐路であったと思う。