小さな助け合いの物語賞

入泉(6編)

優しさはサングラスの下に

五十嵐 啓介

八月。広島出張のため、私は品川駅の新幹線ホームにいた。新幹線を待つ数分の間にも、汗がじっとりと出てくる程の、いわゆる「酷暑日」という日だ。

 

世間はお盆の帰省ラッシュで、ホームには家族連れが目立ち、人でごった返していた。

 

この暑さなど気にもしない顔をして、新幹線が滑り込むようにホームに入ってくる。自由席のため座れるかどうか戦々恐々としていたが、何とか真ん中列に着席。私は、暑さと窮屈な座席になった状況に辟易としながらも、座れたことにホッと安堵していた。乗車率は百二十パーセントというところか、などと独りごち、左右を見渡してみた。

 

左には、40歳をゆうに超えるであろう会社員。子供と会話を合わせるためか、自身の趣味かは知るところでもないし興味もないが、任天堂DSを覗き込みポケモンに夢中。この人の右腕が肘掛けにかかり、すでに私の左肘は行き場を失っている。右には大柄な会社員?なぜか車内でサングラスをかけている。しかも形がウルトラマンの眼の形に酷似しており、目の悪い方でなければ、明らかに変人である。トイレへの行き来など見る限り間違いなく見えている。やはり変人か。

 

疲れる一日になりそうだ、と思い、広島まで寝ようかと思いきや、ポケモンが携帯電話で喋り始めた。周りの人達も目で訴えてはいるが、注意する人はいない。おいおい、それくらいのルールは守ろうぜ、と私も思った刹那、右のグラサンが一喝。「座席で通話したらあかんやろ」舘ひろしばりの渋い声だった。おお、変人ではないのか?かっこええやないか。ポケモンはすぐさま携帯をしまい陳謝。私はこの行動に感心した。だが、グラサンはこれで終わらなかった。

 

新幹線が名古屋に到着しようとするとき、グラサンが車両付近で立っている母子二人をチラチラ見て立ち上がり、その女性に声をかけにいった。グラサンがその母子に席を譲ろうとしていることが見て取れた。グラサンは次の名古屋で降りるのだろう。しかしこのうだるような暑さの中、自分もこれから疲れるだろうに、周囲の人達も目でその行為を追いながら、感心している様子だった。母親は「本当に助かります、ありがとうございます。」そんな心温まるやり取りを見て私は眠りについた。

 

1時間超眠っただろうか。新幹線が神戸に着いた時、私はトイレに立ったのだが、車両の自動ドアが開いた瞬間、私は目を見張った。腕を組んで直立不動で立っているグラサンの姿をそこに見たからだ。グラサンは親子に席を譲ってから約二時間ここにずっといた。

 

見た目で判断してしまったとかそんな安い話ではない。とにかくかっこよかった。『優しさはサングラスの下に』。私は、嬉しくて、笑みがこぼれるのを我慢できなかった。グラサンのおかげで今日はいい一日になりそうだ。