小さな助け合いの物語賞

優秀賞(3編)

あの女将さん

新井 由行

無計画な「失恋傷心の旅」へ出たのは、群馬県の親元を離れ、愛知県の大学で一人暮らしを始めた数ヵ月後のことだった。

 

奈良県の「室生口大野」駅でバスに乗り換えると、乗客は私一人だった。日が落ち、車窓から見えるものは杉木立だけで、人家の灯りはない。鳥か獣か、鳴き声が響き、真っ暗な山へ吸い込まれそうな恐怖と心細さが襲う。

 

室生寺前でバスを降り、うす暗い外灯に頼りない道案内された。すでに山門は閉まっていた。駅へ戻る最終バスは出発した後だ。

 

門前には、土産物屋を兼ねた旅館が三、四軒あるだけで、端から訪ねたが、「予約がないとね」「シーズンオフで営業していないよ」と次々に断られた。最後の一軒、H旅館でも、中年の女性が同様な反応を示した。

 

野宿か、駅まで歩くしかない。彼女に背を向けて、肩を落とし歩き出したときだった。

 

「何もお構いできませんが、それで良ければ」

 

その婦人の声だ。女将さんだった。通された部屋は八畳の和室で、食事の心配をしてくれた。だが、泊めてもらえるだけで十分と拝辞した。しばらくして、彼女は「我が家と同じ物ですが」と、湯気の立つご飯とみそ汁に煮魚などを運んで来た。

 

恐縮したが、空腹だったので素直に甘えた。先程の不安が嘘のように消え、眠りに就いた。

 

ところが、翌朝、手元のガイドブックを見ると、ここは「幕末創業の老舗旅館で、一泊一万五千円より」とある。素泊まり五千円以内を予算としていた貧乏学生は、料金の確認をしなかった点を後悔し、いくら請求されるのかと、財布の中身を気にしていた。

 

女将さんが、ふすまの向こうから朝ご飯は食べるかと聞く。少しでも安く済ませたいので断った。ロビーにコーヒーが入っていると勧められ、それを飲み、会計をお願いした。

 

すると、彼女は、「お金はいただけません。おもてなしをしていませんから」と笑う。さらに、「お腹がすくでしょう」と、おにぎりの入った包みを持たせてくれた。

 

ありがたくて、どう気持ちを表現して良いか分らず、フロントで売っている土産物を買わせてもらった。

 

下宿に戻ると、すぐに礼状を出した。

 

しばらくして返事がきた。白い便箋の達筆な縦書きは、「あの晩、息子が帰って来たような気持ちでした」で始まっていた。御子息が北海道にいて、彼に困りごとがあるときは世間の世話になっているに違いないと思うことや、私に何か事情があったのかと察し心配で泊めたことなどがつづられていた。

 

彼女に、田舎のお袋の親心を重ねた。

 

そんな出来事から三十年がたち、二人の子どもを持つ立場になった。高校三年の娘は来春、家を出て進学したいという。これからは世の中の「助け」を借りて生きて行くに違いない。私も微力ながら他人のための尽力が社会への恩返しだと考える。それを教えてくれたあの女将さんに今でも感謝している。