小さな助け合いの物語賞

本仮屋ユイカ賞(1編)

励まし励まされ

滝川 政彦

紙芝居師の私は、あるときはイベントで、あるときは公園で、またあるときは老人ホームで紙芝居の実演を行い、子供たちに喜んで貰っている。しかし紙芝居を始めた頃は、「紙芝居は死んだ文化。そんな誰も観ないモノをやったって…」みんなに馬鹿にされ、けなされた。それでも、ここまでやって来れたのは、多くの支えがあってこそだ。

 

以前こんなことがあった。重い病気の子供たちが集まる院内学級での出来事。車椅子や点滴を押している子、職員に抱えられている子…そういう子供ばかり。一番前に座った少女は、髪や眉毛も抜け表情が分からない。少女の隣には、少女のお兄ちゃんが寄り添っていた。

 

私は紙芝居が終わった後、必ず質問タイムを設ける。院内学級では一番前に座った少女の質問が何度も続いた。とても病気とは思えない元気な少女だった。院内学級にも、元気な子供がいるんだな…そう思った。

 

紙芝居が終わって控室に戻ると、職員の方が泣きながら入って来た。


「さっき質問してた女の子の声、初めて聞きました。あの子の笑顔、初めて見ました」

 

少女は、入院してから毎日塞ぎ込んでいたらしい。薬の副作用で髪の毛が抜け、人と関わらないようにしていたらしい。私の紙芝居は、そんな彼女にとって辛く苦しい入院生活の中の一瞬の楽しみだったのかも知れない。

 

その頃、私は紙芝居を辞めようと思っていた。院内学級を最後に紙芝居を辞めようと思っていた。紙芝居は死んだ文化ではなく死んだ仕事…お金を稼ぐことは無理だ。

 

すると控室に、先ほどの兄妹がやってきて「どうもありがとうございました」と頭を下げて病室へ帰っていった。二人を見て、そして職員の涙を見て、もう少しだけやってみようと思った。

 

しばらく経ったある日のこと…あるイベントで私の紙芝居を見覚えのある少年が観ていた。院内学級の女の子のお兄ちゃんだった。観に来てくれたことが嬉しかった。でも、その日はお兄ちゃん一人だけだった。


「妹は?」と聞くと「死んだ」と少年…

 

小さな女の子が亡くなった悔しさと、自分自身の苛立たしさを覚えた。私は目の前にいる少年と、少年の妹のお蔭で紙芝居を続けてきたと言っても過言ではない。その支えがなくなった今、もう紙芝居を続ける理由が見当たらない。「それじゃ、おじさんも紙芝居辞めるよ…」すると少年は「辞めないでよ!妹はあんなに喜んでたのに…僕が妹の分まで観に来るから辞めないでよ!」

 

それまで子供を見下していた…紙芝居観せてやってるんだって思っていた。でも違った。子供に励まされた…見下していた子供に、紙芝居辞めるなって言われた。

 

だから今でも紙芝居を続けている。