小さな助け合いの物語賞

しんくみ大賞(1編)

ただ一点をめざして

小森 ちあき

「最近、足の付け根が痛むんです」そう私に語りかけた彼女の声が今も耳朶から離れない。当時、私は体育授業の助手として大学に勤務していた。三年生になったHさんとたまたま廊下で会ったときに彼女から相談を受けた。「何か、思い当たることはあるの?」との私の問いかけに「最近、スノーボードを始めたから筋肉痛かな?」と言うので「あんまり痛みが続くようならお医者さんに行きなさいね」と笑顔で別れた。その原因が彼女の人生を大きく変えてしまうことになるなど想像もしなかった。

 

しばらくしてHさんが休学したということを聞いた。理由を聞いて愕然とした。彼女は骨のガン、骨肉腫だった。私に足の付け根が痛いと言っていた原因はガンだったのだ。彼女は自分の短き余命を知っていた。それでも前を向き勇気をもって病と真正面から闘い、復学を果たした。自分の宿命を恨むことも嘆くことも出来たであろう。だが、彼女は「今を生ききる」ことを選んだ。その勇気にどれだけ多くの人が励まされたことであろう。

 

卒業年次の四年生。優秀な彼女は残すところ卒業論文の単位習得のみになっていた。しかし、卒業論文作成半ばついに彼女は再び入院生活を余儀なくされペンを握ることも出来ぬ情況に追い込まれた。それでも彼女は決して弱音を吐くことなく論文資料を枕の横に置き続けた。そんな彼女の姿を知る彼女の友人達が学長に自分達が作成するので受け付けて欲しいと談判した。友人達の魂からの叫びは大学側の心を動かし無事受諾された。友人達は自分の卒業単位の修得、卒業論文作成と課題は山積みとなる。しかし、毎日、遅くまで図書館でHさんの卒業論文作成に精を出すその姿はまるでHさんの病魔に戦いを挑むような力強さを感じた。授業とHさんの病院、資格実習と全てをこなす活力。「何のために頑張るのか」この一点が定まったときの心は強い。そして友人のことを自分のことのように思いやる心。真の友情、人間の絆はこうして築かれそして強固な団結の力を生むことを友人達は証明してくれた。しかし、Hさんの命の灯火は卒業論文完成を待たずして静かに消えてしまった。それでも友人達はあきらめなかった。友情の絆は死をも乗り越え尚一層強く結ばれ、遂に完成した卒業論文は優秀な成績を治めHさんの卒業が決まった。

 

迎えた卒業式、卒業生の席にはHさんの遺影を抱いた母親の姿があった。学長祝辞の際、Hさんの病と闘い続ける心、そして卒業論文提出にいたる経緯が語られた瞬間会場は割れんばかりの拍手に包まれた。式終了後、Hさんの遺影と記念写真をとる友人達。Hさんはもういない。しかし、心と心が結ばれたものは年月を経ても朽ちることはない。Hさんの強き姿勢に連なった友人達が私たちに大切なことを教えてくれた。それは、損得を度外視した善の連帯の力強さ。そしてそこには人間性としての美しい人生が存在することを。