小さな助け合いの物語賞

入選(6編)

助け合うということ

下條 礼子

私には高校三年生の長男と、高校一年生の次男がいます。次男は中学生の頃、一年半の間不登校でした。中一の夏休み過ぎから行かれなくなり、最初は私も何とか行かせようと手を尽くしましたが、効果はありませんでした。

不登校の理由は本人にもよくわからず、ただ「充電が切れてしまった」というようなことをポツリとつぶやいたことがあります。

『中一ギャップ』という言葉がありますが息子も小学校の優しい担任の先生や、競争のないのんびりした環境との違いに適応できなかったのでしょう。家ではひょうきんでよく笑う子なのに、学校では友達や先生に自分の思いを伝えられないところがありました。

三・一一東日本大地震は、あと少しで中三になる一ヶ月くらい前に起きました。その日私は息子達とリビングでテレビを観ていました。長男の学校は卒業式だったので、在校生はお休みでした。

マンションの五階の我が家は、かなり長い間揺れましたが、二人の息子がテレビや家具を支えてくれて、とても頼もしく思いました。

地震から数日が経っても、東京は余震にたびたびおそわれ、水や乾電池などあらゆる物資が不足し、不安な日々が続きました。

私は、近所の一人暮らしのお年寄りの方たちのことが気がかりでした。そこで地域の壮年の方と一緒に近所を回ることにしました。次男に声を掛けると、意外にも「一緒に行く」との返事が。

三人で一軒一軒、安否を確認しながら回っていると、懐中電灯を持っていないお宅がありました。すると息子は、自らおばあさんの前に進み、腰をかがめて電池の入れ方や使い方を教えてあげながら、持ってきた懐中電灯を渡したのです。おばあさんはとても喜んで何度も「ありがとう」と息子にお礼を言ってくれました。

私は胸が熱くなり「この子は困っている人に親切にできる優しい子なんだ。絶対に大丈夫だ」と思いました。

その後、一ヶ月くらいした四月のある日、新しい担任の先生が家にあいさつにみえて、「学校で待ってるよ」とひと言いわれると、なんと翌朝から登校することができたのです。そして高校受験も合格し、一日も休まず元気に登校しています。

私は、このおばあさんが、息子の前進する力を与えてくれたと思えてなりません。息子はあの日、おばあさんを助けてあげたと同時に、おばあさんに助けていただいたんだ、と私は思っています。