小さな助け合いの物語賞

入選(6編)

ある日の出来事

酒井 宏予

いつものように、会社を出て地下鉄の駅に向かいました。

その日は生憎と小雨が降っていて、少し肌寒く感じる日でしたが、駅のホームは人で一杯だったので、むしろ暑く感じるくらいでした。ホームで並んで待っていると、後ろにカップルが並んできました。話し声が大きく、ちょっと不良っぽい感じがしたので、どっか他のところに並びなおそうと思っていると、アナウンスがあり、電車が到着しました。あきらめてそのまま車内に入り、何とかつり革のある場所を確保しホッとした瞬間、隣にさっきのカップルがやってきました。これからどこまで一緒にいるのか憂鬱な気持ちになりながら車内広告に目を向けていると、突然車内がざわめきました。

何が起こったのか、皆が目を向けている先を覗くと、年配のサラリーマンが床に倒れています。すぐ横に立っていた男性が呼びかけていますが、倒れた男性はピクリとも動きません。電車は走行中です。その内、非常ベルの横に立っていた女性が、

「非常ベルを押しますか」
と、誰とも無く話しかけると、誰かが賛同する声を上げたので、その女性は力を込めてボタンを押しました。

すると、緊急停止ボタンに反応して電車はすみやかに停止し駅員からのアナウンスが入りました。ボタンを押した女性がこちらの状況を説明していると、

「誰か人工呼吸を行ってください」
との指示が駅員から入りました。その時、一番に声を上げたのが、何と私の隣にいたカップルの男性でした。

彼は倒れた男性の上に乗って、心臓マッサージを開始しました。それと同時に電車が動き始め、最寄りの駅まで運転が開始されました。

私は心の中で、

「早く駅に着け」
と念じていました。実際には1分とかからず駅に到着したのですが、私にとっては、その間息を止めてずーっと祈っていたので、とても長く感じました。

駅に到着すると、AEDを持った駅員が待機していて、到着と同時に車内の廻りの人間は彼を除いて車外に出されました。

彼は、駅員と交代すると車外に出て、彼女の横に来てじっと倒れた男性を見つめています。駅員が機械を設置して電流を流した瞬間、ゲホっという声を上げて男性が蘇生しました。

私は、よかったと思う気持ちと、一生懸命蘇生術を施していた彼を尊敬の眼差しで見つめていました。

そして、彼に向かって自然に拍手している自分にちょっと驚きつつ、わたしも彼のように誰かを助けてあげられる人間になりたいと強く思いました。