小さな助け合いの物語賞

優秀賞(4編)

未来へ

道下 剛

いつものように会社から帰宅する電車は、相変わらず混んでいた。車窓から夜のビルを眺めているうち電車は吉祥寺駅を過ぎようとしていた。

気がつくと、目の前に座っていた50歳程の年配の女性が、少し苦しい表情でお腹に手を当てていたが、顔が赤らんでいたので酔って苦しいのだろうと思った。

突然その女性が崩れるように席から転げ落ちた。私は一瞬あっと声を出しながらも立ち上って助けようとした。(正確にはそう思った)。その時、

「誰か手伝ってください。私一人でこの人を動かせません。協力してください。」

細い体だったがしっかりとした顔立ちで年頃は30歳ぐらいの女性の声がした。彼女がそう云うと、すぐに周りの男性数人が年配の女性のそばに駆けよった。そして男たちに、

「まずは横にして寝かせますよ。カバンを枕にしますから、そこのあなた頭を少し持ってください」。そう云って自分のカバンを頭の下に置いた。車内では、どうせ酔っ払いだろうと迷惑そうに話をしだす中年もいたが、多数の人は、彼女の献身的な行動に何か心を動かされているように見えた。そのうち女性の体に異変が起きた。片足が痙攣したかと思うと口元から少し泡を吹いた。彼女は女性の足をマッサージしながら、次に呼吸の確認をしながら声をかけた。

「もうすぐ、次の駅ですよ。頑張ってください。」彼女は、何かしら看護の知識があるようだった。しばらくすると駅に近づいた。

「さあ、ゆっくりと頭と足を持って。駅に着いたら静かにこの人を降ろすから、お願いします。」彼女が云うとようやく駅に着きドアが開いた。その時彼女は私の顔を見て、

「そこのあなた、彼女のカバンをもって。」といわれ一瞬たじろいだが、私は喜んでカバンを持った。そして、次の駅で皆女性を運び出し駅のベンチに横にして寝かせ、誰かが駅員を呼び、その後担架が運ばれ女性を搬送した。女性の容態は何とか大丈夫そうだ。そして、彼女から「皆さん、有難うございました。」と家族のような口振りだった。「実は私、あの女性を母のように思い介抱したんです。」そう云うと頬に一筋の涙がこぼれた。何か深い理由がありそうだった。誰となく云った。

「いや、むしろあなたの勇気に皆感動しました。こちらこそ有難う。」私も気持ちは同じだった。普段、不可解な行動をする人もいるがこうして率先して人助けをする人もいる。最近は他人の事に関心を持たない世の中になったといわれるが、彼女のような若い人がいる限り未来は明るいと思った。私は彼女に向かってありがとうと心の中で云った。

駅から見える満月が鮮やかに輝いていた。「さよなら」と云って去った彼女の背中を見送りながら明日からまた頑張ろう、そう思わずにはいられなかった。