小さな助け合いの物語賞

優秀賞(4編)

あなたのこころわすれません

渡辺 惠子

あれは三年ほど前、洋服のリフォームの店に行った時のことだ。外国人の青年が、破れた毛糸のセーターを繕ってほしいと懇願している姿が目に留まった。しかし直径5cmもの穴が開いていては手のほどこしようがないと拒否されてしまった。青年は「もったいない」っと悲痛な表情で店を後にした。

それからしばらくして外に出ると、自転車にまたがって、セーターを悲しげに見つめている彼がいた。「残念だったわね」っと声をかけると、彼は覚えたての日本語で私に一生懸命に語りかけた。
「これ、ボクのお父さんのセーター。ボクが10歳の時、死んだ。ボク、大人になったから着れるようになった。このセーター、ボクのお父さん・・・」
私は急に胸が詰まり、いてもたってもいられなくなった。私はその時衝動的に、

「大丈夫、何とかなるから心配しないで」
っと口走っていた。私は彼と、住所と電話番号を交換し、そのセーターを預った。

大それたことを言ったものの、私自身は編み物も裁縫も苦手だ。私は途方に暮れ、手芸の得意な友人に相談した。やはりこれだけ穴が開いていると修復は難しいという。しかし彼女も「彼のこんな思い入れのあるセーターを何とか復元してあげたい」という気持ちは私と同じだった。そして何日も何日も二人で考えぬいた結果、別の布地に何かデザインして、それを穴のところに上手く縫い付けようということになった。それから私達はこのセーターを復元するために、子供のように夢中になった。デニムやコールテンを組み合わせ、ツリーの形を作り、そこにビーズやボタンを散りばめ、破れた穴を何とかふさぐことに成功した。

その明くる日、早速彼に連絡をした。あの時の彼の喜びようは、今でも忘れられない。彼はしばらくの間セーターを抱きしめ、祈りとも思われるような言葉を呟いていた。そして私に何度も何度も「ありがとう」と言った。

それから半年後、ザルツブルグから小包が届いた。街の風景のデッサンと手紙が入っていた。

「いま、お父さんのセーター、きています。

あなたに、かんしゃします。

お父さん、ここにいきています。

ずっとぼくといっしょにいます。

あなたのこころ、わすれません」

私は彼から、自分が今まで忘れていた、すごく大事なものをもらったような気がした。