小さな助け合いの物語賞

しんくみ大賞(1編)

親切の芽

宮ア みちる

電車が遅れたせいで、朝の通勤ラッシュがいつもより過激だった。一度足を上げたら、すぐに下ろす場所がなくなった。吊り革につかまって踏ん張っていると後ろから人が圧し掛かってきて、背骨が悲鳴を上げ始めた。

ふと見ると、車両連結部分のドアに寄りかかって、お腹の大きい女の人が立っていた。時々お腹をさすっており、ちょっとつらそうだ。思わず目の前の座席を見下ろすと、座っている人たちは老若男女、みんな下を向いて目を閉じている。いつもの光景だった。みんな爆睡しているのだろう。無理もない。長距離通勤の人達は座席を確保して寝るために、かなり朝早く家を出てきているのだから・・・。

それにしても妊婦さんが気になった。誰か目を覚まさないだろうか。私は人から押されている振りをして目の前の人に膝をぶつけてみたが、ピクリとも動かない。かと言って、声をかける勇気もない。

次の駅に停車して少したった頃、もぞもぞとお尻の辺りに硬いものが当たった。不快な思いで無理やり首を動かして見ると、小学生の男の子が真上を向いて立っていた。二、三年生位だろうか。ラッシュ時に電車通学する小学生は、いつも強引に人をかき分けて入って来て、ランドセルが身体に当たったり、じっとしていられなかったりしてちょっと迷惑に感じる。だがその日は、本当に窒息しそうで可愛そうに思った。私は座席の横の棒につかまれるよう、何とか場所をあけて移動させてあげた。

しばらくしてその男の子が、前の席に座っている人の膝を手で突っついた。

びくっとして顔を上げたのは、ポロシャツを着た学生風の男の人だった。子どもの視線を追って妊婦さんに目を留めると、あっ、という顔をして慌てて立ち上がろうとした。だが混雑のため立てない。立ったところで妊婦さんとの距離も遠い。さぞや彼も、もどかしく感じただろう。だが彼が動いたせいか、隣の席の人たちが次々に目を覚ました。そして一番妊婦さんに近い席の人が、慌てて立った。

「すいません、気がつかなくて」

お腹を突き出した中年のサラリーマンが、頭を掻きながら言った。

彼が立ったおかげで窮屈さが増したような気がしたが、心はふんわりと軽くなった。子どもの無邪気な勇気にハッとさせられ、大人たちにも親切心があってホッとした。

最近、電車の中やホームで些細なことがきっかで起こる傷害事件の報道をよく耳にする。また実際に小競り合いをよく見かけるようになった。だからつい、人と関わらないようにするのが身のためだと思ってしまう。だが、小競り合いや傷害沙汰を起こすような人は、ほんの一部だと思いたい。そしてそんな輩のために、多くの人々の心に宿る小さな親切の芽を踏みにじられてはいけない、と思う。