小さな助け合いの物語賞

本仮屋ユイカ賞(1編)

見えないチカラ

高野 まさこ

「お母さん、今、紹介状を書くから大きな病院に行きなさい。脳死が起きるかもしれない。自転車は置いていっていい、タクシーで早く!」…膝の上でぐったりする一歳になったばかりの息子を見ながら、私は医師の言葉がのみ込めずにいました。

一人親になって間もなくのことです。具合の悪そうな息子の姿に、念のためと軽い気持ちで受診したのに、その事態はまさかの予想もしないものでした。

言われるままにタクシーに飛び乗ったものの、幼稚園児の娘を連れ歩くわけにもいかず、意を決してママ友達のAさんに電話をしました。Aさんは二つ返事で娘を引き受け、幼稚園に送り届けてくださることになりました。

大病院に着くとすぐ検査、処置。幸いにも命に別状はなく、脳死も免れたと聞いたのはすでにすっかりと日が暮れた頃でした。しかし、そのことに安堵する間もなく次は入院の準備。あたふたと買い物に走り、すべてのことが終わった時には、夜の八時を回っていました。私は連絡一つ入れずに娘を預けっぱなしにしていたことを思い出し、あわててAさん宅に向かいました。

Aさんは、とても温かく迎えてくださいました。娘は食事もお風呂も済ませ、気持ちよさそうに眠っていました。緊張の糸が切れ、泣きそうな私に、Aさんは「もう寝ちゃってるから、明日このまま一緒に幼稚園に連れていってもいい?うちの子も喜ぶから」と申し出てくださいました。ありがたさと申し訳なさを感じながらご厚意に甘えることにして家に戻ると、小児科医院に置いてきたはずの自転車が玄関先に置いてあります。驚いていると隣家のママ友達が出てきて「大変だったね。主人と車で自転車取りに行ってきたよ」と。そうするうちに斜向かいの家からも別のママ友達が出てきて「今日、生協の宅配日でしょ、荷物預ってるから」と。聞けばAさんが近所のママ友達に呼びかけてくださったそうです。集まったママ友達は、分担を決めて、あれこれとしてくださっていたのでした。

その日一日、自分だけが忙しく、自分だけが疲れて大変で、自分だけが頑張っているような気になっていた私は、とても恥ずかしくなりました。ママ友達は「できることをちょっとやっただけだから」と明るく笑います。でも、一人一人の「ちょっとだけ」の思いがこんなに大きな力となって支えていてくれたとは。一人親だからと半ば意固地になりかけていた自分にとって、ママ友達の思いやりは何にも代え難いものでした。

あれから十五年、みんな引越していきました。その中で、年が明けたら娘は成人式を迎えます。息子は元気に大学生に。多くの方々に支えられた子育ても、やっと一段落です。成長した子供達を見る度に、ママ友達に感謝の気持ちが湧き上がります。このことは一生忘れません。みんな、一緒に子育てしてくれて、本当にありがとう。