小さな助け合いの物語賞

本仮屋ユイカ賞(1編)

はじめての誕生日

岡野 智子

私が長野県の立科町に移り住んで、もうすぐ十年になる。その間に、私は就職、結婚、出産を経験し、三人の娘のお母さんになった。何も知らない土地での生活は、容易いものではなかったが、周りの方々のおかげで、何とか今日までやってこられた。今でこそ、知り合いの幅も広がり、声をかけてもらう事も多くなったが、長女を出産した頃は、会社を退職し、昼間は娘と二人きりの生活をしていた。とても孤独だった。

長女が生まれた頃、私たち夫婦は、アパート住まいをしていた。会社に通っていた時は、残業が多く、夜遅くに帰宅するため、家に帰ると寝るだけの生活だった。会社を辞めると生活は一変した。今まで気づかなかったが、このアパートには、たくさんの子供が住んでいたのだ。夕方や休日は、駐車場で、自転車や三輪車に乗って遊んでいる。夏には、プールなんかもやっていて、楽しそうな声が聞こえてくる。今まで、子供たちが寝ている時間にしか部屋にいなかったのだ、と気づく。

私は、娘を連れて、夕方、散歩に出るようになった。

「こんにちは。」たったそれだけのあいさつだが、娘以外の大人と話すのが、とても久しぶりのような気がした。

顔見知りになると、娘の事を気にかけてくれるようになり、いろんな話をするようになった。夜泣きや離乳食、お昼寝の相談もするようになった。娘より少し年上の子供たちは、面倒をみてくれ、一緒に遊んでくれる。人見知りの娘は、すぐに泣いてしまうのだが、そんなところも含めて、かわいがってくれた。お下がりもいっぱいいただいて、大きな家族のように接してもらっていた。

娘が、一歳のお誕生日を迎える日、お隣の奥さんが、「大切な記念日だから。」とプレゼントを持ってきてくれた。この一年間、はじめての育児に悪戦苦闘の毎日だったが、周りの皆に支えられていたことに気づく。無事に一歳を迎えられることが、どれほど幸せなことか…。そのプレゼントは、今でも忘れられない宝ものとなった。

この嬉しい気持ちを、誰かに伝えたくて、知り合いのお子さんが一歳を迎えるときには、同じようにプレゼントを贈るようになった。たいした物でもなかったけれど、「私の娘もしてもらったから。」と言うと、とても喜んでもらえた。やさしい気持ちは、こうして連鎖していくのかな、と思った。

子供の成長を家族以外の誰かが見守ってくれている、という幸せ。温かい人々の住む立科町に引越してきて、本当に良かったと思う。ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします。